暗闇に射し込む一筋の光 ―人間そんなに弱いものではない―

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暗闇に射し込む一筋の光 ―人間そんなに弱いものではない―
(2018年7月17日付字句加筆・訂正版、PDF:231KB、A4用紙5枚分)

暗闇に射し込む一筋の光
― 人間そんなに弱いものではない ―

                                      小貫雅男
                                      伊藤恵子

若き魂への伝言
 2018年7月3日、首相官邸への通路で待ち構えていた記者団に囲まれ、「昨夜のサッカーW杯日本対ベルギー戦の感想は・・・?」と訊かれ、安倍首相は「この2週間、本当によい夢を見させてもらいました」と、平然と笑みを浮かべ、そそくさと通り過ぎていった。
 ご本人は、森友・加計問題で窮地に追い込まれ、崖っぷちに立たされていたまさにその時である。サッカーW杯熱狂の神風が運良く吹き荒れ、国民の関心は、こぞってその渦の中へと一気に吸い込まれていった。何ともやりきれない、ふてぶてしさだけがあとに残る。
 それがどんな夢なのか知る由もないが、よもや「国民一億総熱狂のおかげで救われました」などと、本心は口が裂けても言えまい。
 ちょうどこの対ベルギー戦を控えた7月2日、大勢の報道陣を前に、国民栄誉賞授与式なるものが行われた。首相は、人気絶頂の若いフィギュアスケート選手を前にして、まことしやかな言葉を交わし、実に神妙に儀式を執り行った。
 国会を愚弄する破廉恥も、巧妙な虚言も、来たる「選挙」のために、それで相殺できるとなれば、何でも厭わずやってのけるのだ。
 首相就任以来この方、こうした見え透いた細々とした偽善なるものを実にこまめに織り交ぜ、せっせと繰り返しながら、忌まわしい本質をすっかり覆い隠し、何とか政権を維持してきた。こざかしさを通り越し、権力への恐るべき執念と言うほかない。
 こんな小手先のごまかしで、これまでは国民を騙すことができたとしても、それは、なんぼ何でももはや限界なのだ。民衆を決してあなどってはならない。
 サッカーW杯に沸く狂騒のまさにそのさなか、落語家の桂歌丸さんは壮絶な死を遂げた。世人の笑いを誘い、庶民に生きる力を与え、死力を尽くして励まし続けてきた歌丸さん。身を削り、いのち尽きる直前まで、あきらめず己の道を究め、ついに81年の生涯を閉じた。さわやかな、揺るぎないその使命感にただただ驚嘆するばかりである。
 そんなに心配するほど人間は弱くはないのだよ、と身をもって語りかけてくるようだ。鬱屈したこの欺瞞の時代。壮絶なそのさいごの姿は、暗闇に射し込む一筋の光となって、人々の心に甦る。

米朝首脳会談を新たな角度から考える
 懐疑と期待の念をない交ぜながら、2018年6月12日、急ごしらえの米朝首脳初会談に、世界の人々の目は釘付けにされた。
 その評価をめぐる議論はさまざまである。確かに米朝間での軍事的威嚇の応酬による一触即発の核戦争の脅威を一時的にせよ回避した面は否定できないが、より重要な視点を見落としてはならないのではないか。

 1990年代初頭、第二次大戦後の世界を規定してきた米ソ二大陣営の対立による冷戦構造が崩壊し、アメリカ単独覇権体制が成立することになる。しかしそれも束の間、アメリカ超大国の相対的衰退傾向の中、その弛緩に乗ずるかのように、旧来の伝統的大国に加え、新興大国が入り乱れる地球規模での新たな多元的覇権争奪の時代が幕を開けた。
 このたび2018年6月12日の米朝首脳初会談は、新たに動きはじめたこの多元的覇権対立抗争をいっそう複雑、深刻な形で激化させていく「本格段階」へのひとつの重大な契機になるものと見なければならないのではないか。
 米朝首脳初会談の評価は大きく分かれるところではあるが、いずれにせよこれを転機に、これまでの米ソ二大陣営対立抗争の世界の古い秩序の枠は最終的に壊され、南北朝鮮、東アジアから中央アジア、さらには極東・シベリア、北極圏を含む広大なユーラシア大陸の市場と資源の獲得をめぐって、アメリカ・中国・ロシア・EUなど周辺諸大国による新たな次元での多元的覇権争奪が「本格段階」に入り、熾烈な抗争が繰り広げられる激動の時代がはじまるのではないか。
 そこでは、最新の科学技術の粋を凝らしてつくり上げられた、いっそう強力かつ異次元の恐るべき「新型」軍事力と、マネーが巨額のマネーを加速的に生み出す巨大金融資本を背景に、この多元的対立抗争がいよいよ激化し、土地土地でつつましく生きてきた人々を巻き添えにしながら、これまでには想像だにできなかった、危険極まりない最悪の事態に陥っていくと見なければならないであろう。
 このユーラシア経済圏の東端に位置する朝鮮半島においても、半島を縦断する鉄道や高速道路、港湾施設、電力網など巨大インフラの建設、大都市や工業団地の大規模開発、地下鉱物資源の開発、ロシアから朝鮮半島を縦断する天然ガスパイプラインの敷設等々を狙って、諸大国の巨大資本がだぶついたマネーの新たな投資先を求めて、一気に流入してくるにちがいない。
 21世紀型「新大国主義」の台頭とも言うべきこの多元的対立抗争の「本格段階」に突入し、新たな歴史的岐路に立つ今日のこの世界にあって、朝鮮半島において本当に必要なことは、諸大国の支配から脱皮し、自国の風土に根ざした生産と暮らしのあり方を模索し、内需主導の新たな自立の道を切り開いていくことではないのか。
 韓国では、長きにわたるアメリカのくびきの下で、軍部・財閥主導の、農業・農村をないがしろにした外需主導の急激な成長によって、深刻な歪みがもたらされてきた。韓国の経済・社会はいよいよ行き詰まり、その打開をめざす都市労働者および農民の力が台頭している。
 一方、北朝鮮でも、専制的な現政権が存続するにせよ、いずれ崩壊するにせよ、国内を農村地域の基底部からどう再建するかは、草の根の民衆にとって、遅かれ早かれ避けられない課題となってくる。
 結局、南北双方とも、これからどのような理念に基づく経済・社会を築いていくのか、それぞれの国の21世紀にふさわしい未来社会構想が問われてくることになる。それは、飽くなき欲望の巨大怪物グローバル市場に対峙し、主権尊重、相互不可侵、平等互恵、平和的共存の原則に則り、大地に根ざしたおおらかな暮らしのあり方を探ることであり、その探究こそが、新たな戦争の危機を社会の深層から根源的に克服する確かな近道になるのである。
 この地域における民衆に課せられた課題は、余りにも大きい。
 それはまた、グローバル経済が深刻な矛盾に陥っている今、私たち日本を含め、世界の諸国民が直面する、喫緊にして共通の課題でもあるのだ。
 拙著『菜園家族レボリューション ―日本国憲法、究極の具現化―』(小貫雅男・ 伊藤恵子 著、本の泉社、A5判160頁、2018年2月3日発行)が出版されたのは、この米朝首脳初会談の4ヵ月ほど前であった。
 そして、その第一章「何と愚かな狂気の沙汰、あの忌まわしい戦争をまた繰返すのか ― 欲深い権力者の駆け引きではなく、民衆の英知の結集が未来を拓く ―」のベースとなった緊急提言『北朝鮮問題と未来への決断 ―21世紀この国と地域の未来を考える― 自然(じねん)懇話会の芽を各地に』を本ホームページに公開したのは、米朝首脳初会談の1年前、まさに米朝関係が緊迫し、軍事衝突も勃発しかねないそのただ中の2017年6月4日のことであった。
 思えば朝鮮半島情勢をめぐってその時に述べた論評の主旨は、今も何ら変わるものではない。米朝首脳初会談以後の今日においても、むしろその論旨と意義は、ますます大切なものになってきているとの思いを強くしている。

新しい時代への覚醒 ―巨大国家権力の欲深い「ディール」を越えて
 私たちは、冷酷無残なグローバル市場競争の「拡大経済」に抗して、自然循環型共生の「菜園家族」構想を長年にわたり練りあげてきた。そして、それを21世紀における未来社会構想として位置づけ、絶えず現実世界と照合しつつその内容を深め、豊富化をはかってきた。
 同時に、この未来社会構想の独自の視点から、この国の内外、なかでも朝鮮半島、中国、モンゴルなど東アジア全域の民衆の暮らしを視野に、私たち自身の国のめざすべき未来社会のあり方、戦争と平和の問題、そして何よりも超大国および内なる権力に対峙する、草の根の私たち自身の個々の主体性をいかにして確立していくのか、こうした現実の切実な問題を絶えず長期展望のもとに考えてきた。
 米朝首脳初会談をめぐる情勢も、「菜園家族」構想をベースにした射程の長いこの独自の未来社会構想に基づく時、目先の現象に惑わされることなく、その本質をより根本的に捉え、展望することができるのではないかと思っている。
 あらためてここで重要なこととして特に強調しておきたいことは、草の根の私たち自身の主体性をいかにして確立していくのか、というこの重い課題である。それは、巨大国家権力上層による駆け引きや取引に惑わされ、甘んずることなく、戦争の危機を克服し、新たな時代を切り開くためには、自国の、そして世界の民衆の主体的かつ創造的な運動こそが、結局、決定的な意味を持つという点での一貫した確信から来るものである。
 とどのつまり、民衆の力量如何にすべてがかかっているというこの思想的確信が、「菜園家族」構想、すなわち大地から引き離され、根なし草同然となった近代特有の人間の生存形態、賃金労働者を根源的に問い直し、生きるに最低限必要な生産手段(農地や生産用具、家屋など)を取り戻した抗市場免疫の「菜園家族」を基礎に、素朴で精神性豊かな自然(じねん)世界への壮大な回帰と止揚(レボリユーシヨン)の道を切り拓くこの21世紀の未来社会構想の根底に、厳然としてあるということなのだ。
 米朝首脳初会談の評価も、まさにこの草の根の民衆の思想によって裁断されなければならない。
 私たちは浮き沈みする目の前の事象に振り回され、埋没してはいまいか。はるか遠い未来を見つめ、自由奔放に思いを、そして深く思索をめぐらし、明日への豊かな展望を描く地力をいかに高めていくか。この課題を今、真剣に考えなければならない時に来ている。
 以上述べてきたことを簡潔に表現するならば、依然として今日の世界は、莫大な富を独占する横暴極まりない資本主義の巨大権力上層と、圧倒的大多数を占める草の根の小さき人々との「対立構図」なのである。この「対立構図」は、米朝首脳初会談によって決して変わるものではない。多少の曲折があるにしても、むしろ支配権力主導の上からの急ごしらえのこの首脳会談を契機に、各地の風土に根ざした人々のささやかな暮らしを破壊する、地球規模での新たな次元での熾烈な多元的覇権争奪の時代が本格的にはじまった、と見るべきではないか。巨大国家権力上層による、欲深い損得勘定のいかにも浅薄な「ディール」に一喜一憂して、情勢を見誤ってはならない。
 ここで繰り返し再度確認しよう。「帝国主義」の概念規定のその時々の解釈によって、圧倒的大多数の民衆とわずか一握りの巨大権力との相剋が、今日の世界においてもなおも依然として主要な基本矛盾であるというこの「対立構図」の真実を、いささかも見失うことがあってはならないのである。
 米朝首脳初会談を転機に、ますます複雑化し、混沌に陥っていく今日の世界にあって、必要かつ肝心なのは、今からでも遅くない、わが国の、そして世界の民衆の暮らし、地域と労働の現実をしっかり見つめ直し、そこから再出発することではないか。それは、今や当たり前のものと思い込まされている、近代特有の根なし草同然の人間の生存形態、すなわち賃金労働者と、それを基礎にした今日の経済・社会のあり方を根源的に問い直し、21世紀私たち自身の新たな未来社会像の探究に踏み出すことである。
 これこそが暗闇に射し込む一筋の光であり、そこから人々の新しい時代への覚醒がはじまる。

                            2018年7月11日
                        (字句加筆・訂正 2018年7月17日)

上記小文の主旨を補完するために、ぜひ拙著『菜園家族レボリューション ―日本国憲法、究極の具現化―』(小貫雅男・ 伊藤恵子 著、本の泉社、A5判160頁、2018年2月3日発行、定価:本体1,200円+税)をお読みいただければ幸いである。

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