コラム「菜園家族 折々の語らい」(9)

コラム
菜園家族 折々の語らい(9)

 グローバル市場経済の新たな重圧と東アジア民衆、究極の課題
 ―朔北のモンゴル遊牧民の苦闘が問いかけるもの―

図1-1 東アジアのなかの日本とモンゴル
東アジアのなかの日本とモンゴル

◆ こちらからダウンロードできます。
コラム「菜園家族 折々の語らい」(9)
(PDF:481KB、A4用紙6枚分)

1.21世紀、「東アジア世界」は今 ―多元的覇権争奪の時代―

 1991年12月25日、ソ連崩壊。
 第二次大戦後の世界を規定してきた米ソ二大陣営の対立による冷戦構造が崩壊し、アメリカ単独覇権体制が成立したのも束の間、今日の世界は、アメリカ超大国の相対的衰退傾向の中、その弛緩に乗ずるかのように、イギリス・フランス・ドイツ・ロシア・日本など旧来の伝統的大国に加え、中国・インドなど新興大国が入り乱れる新たな地球規模での多元的覇権争奪の時代、すなわち、21世紀型「新大国主義」の台頭とも言うべき新たな歴史段階を迎えるに至った。

 その中での際立った特徴は、二超大国アメリカと中国の覇権争いが熾烈さを極めていることである。性懲りもなく繰り返される二超大国およびその他諸大国入り乱れての野望。この世界に再び人類の存亡にかかわる戦争の暗雲が立ちこめてきた。

 こうして1991年末のソ連崩壊以降、多元的覇権抗争の復活を許し、深刻かつ複雑な矛盾に陥った21世紀の今日の時代を、「東アジア世界」の新たな歴史段階として設定しなければならなくなった。またもや支配権力が入れ替わり立ち替わり覇権争奪を繰り返す21世紀のこの時代に、今こそ終止符を打つべき民衆の力量が問われる重大な岐路に、私たちは立たされているのである。
 「東アジア世界」の歴史構造をこのように自覚することによって、あらためて現代日本の私たち自身の問題としても見落としてはならない大切な課題が、より鮮明な形で浮き彫りになってくるのではないか。

 第二次世界大戦後まもなく、日本は朝鮮戦争特需を契機に資本主義を復活させ、農業・農村を切り捨てる重化学工業偏重の高度経済成長を強行し、韓国、台湾、東南アジア諸国へと再び経済進出し、この「東アジア世界」に新たな脅威を増大させてきた。
 今日ではとみに、日米軍事同盟のもと、日本国憲法第九条に明らかに違反して、着々と軍備拡張をはかる傾向が強まってきている。つまり、この東アジア地域に米中二超大国による規制に加えて、アメリカに従属する日本の資本主義的規制が重なるという、極めて複雑かつ不安定で流動的な「東アジア世界」の新たな歴史段階を措定しなければならないことになったのである。

 今日、わが国のとっているこうした動向が、この地域世界に何をもたらすかはもはや自明であろう。今日のこの歴史の逆行を考える時、その根本にある原因が、私たち自身の社会の質そのものにあることが厳しく問われてくるのではないか。
 社会主義諸国の変質の原因も同様であり、その根っこにある根源的問題は一つで、両者は深いところでつながっている。

 多元的覇権争奪のこの時代にあって、世界の人々がかつて希望の星と仰いだ「社会主義」にも失望し、現存の資本主義にも幻滅し、生きる明日への目標を見失っている今、先達が前代に構築した19世紀未来社会論に代わる、21世紀の新たな未来社会への展望が何よりも求められている。
 その探究の一つの糸口になればと、ここでは、20世紀末、ソ連・東欧をはじめ「社会主義」体制が総崩れになっていく激動の時代、民衆が苦闘する姿を、特に「東アジア世界」の北辺に位置するモンゴルの山岳・砂漠の村ツェルゲルという一遊牧地域に焦点を当て、具体的に見ていくことにする。

2.山岳・砂漠の村ツェルゲルという「地域」
 ―世界の大転換期、新たな未来への可能性を探る―

 私たちは、21世紀を目の前にしたあの10年間、世界の歴史の大きな転換期に生きていた。この転換への激動は、世界の中心部にとどまらず、地球の辺境といわれる「地域」にもおよんでいくのであるが、そこで惹起された問題は、何も解決されずに今に残されたままである。

 1980年代、ソ連・東欧にはじまるペレストロイカの波は、内陸アジアの草原と遊牧の国モンゴルにも押し寄せ、遊牧の社会主義集団化経営ネグデル(農牧業協同組合)体制は、かげりを見せはじめていた。
 1989年11月のベルリンの壁の崩壊は、決定的なインパクトをもって、やがてモンゴルの全土を市場経済の渦に巻き込んでいく。旧社会主義体制下のネグデルの崩壊の中から、地方では伝統的な遊牧共同体ホタ・アイルの再生への動きがはじまり、新たな「地域」の可能性があらわれてきた。
 こうした世界史の大きな転換期の中にあって、ツェルゲルの人々は、自らのいのちと暮らしを守るために、新たな「地域」再生の可能性をもとめて模索をはじめたのである。

 ツェルゲルとは、モンゴル国のバヤンホンゴル県ボグド郡ツェルゲル村のことである。モンゴルが東アジアの片田舎であるとするならば、ツェルゲルは、そのまた片田舎の一小地域社会である。首都ウランバートルから南西へ750キロ。大ゴビ砂漠地帯に連なるゴビ・アルタイ山脈の中の東ボグド山中にある東西40キロ、南北20キロの範囲に広がる遊牧民60家族が暮らしている小さな村である。

一夜にして雪に覆われた冬営地
(ゴビ・アルタイ山中ツェルゲル村、1992.11.8)

 この村の東の高山部には、標高3500メートルの東ボグド山頂が聳え、西にいくにしたがって低くなる。遊牧民たちは、比較的低い西の麓付近の標高1500~2000メートル一帯に冬営地(ウブルジュー)をかまえ、初夏をむかえると、東の3000メートル級の緑濃い高山部の夏営地(ゾスラン)に移り住む。
 両地間の高低差を利用した上下の移牧をおこなって、四季折々の自然の変化を実に巧みに使いわけて暮らしている。四季を通してほとんど山岳地帯を利用しているので、家畜はヤギが圧倒的に多い。

 このツェルゲル村を含む広大な砂漠と山岳からなるボグド郡の中心地は、オロック湖の岸辺にある。この湖には、遥か北のハンガイ山脈を源とするトゥイン川が注ぎ込み、豊かな水を湛えている。郡中心地には、郡役所、ネグデル管理本部、病院、10年制小中学校、幼稚園、郵便・電話局、売店などの施設があり、人口1000人ほどの小さな田舎町を形づくっている。

 しかし、郡中心地であるこの町は、ツェルゲル村からは70キロも離れたところにあるので、ツェルゲルの遊牧民たちは、これらの公共施設を事実上利用できず、郡内の最東端の山中にあって、ひっそりと暮らしている。こうした地理的条件もあって、ツェルゲル村はボグド郡の中では、孤立した存在ではあったが、かえってそのことがこの村を、郡内で最も自立心の旺盛な土地柄にしてきた。
 こうした土地柄もあって、ツェルゲルの人々は、旧体制の厳しい監視下にあった時から、自立への動きをはじめていた。世界の動きから遠く離れたこうした山中にありながらも、ツェルゲルの人々は、土着の“共同の思想”に裏打ちされた極めて先進性豊かな独自の“遊牧民協同組合(ホルショー)”構想を秘かに心に描き、その実現への手がかりを模索していたのである。

3.そもそも人間にとって、根源的で大切なものは何だったのか
 ―地球規模の暗黒時代の今だからこそ、立ち止まってじっくり考えたい―

 この激動の時代のまっただ中に、私たちは遊牧民たちと寝食をともに行動しながら、地域調査をおこなっていた。1988年9月から1989年9月にかけての単独での予備調査(小貫)を踏まえ、1989年、1990年、1991年、1992年の夏には、それぞれ2ヵ月間にわたり、日本とモンゴル双方から自然・人文など多分野の研究者や学生たちが参加しての共同広域調査をおこなった。この間、冬期にも単独調査を重ねた。
 こうした数次にわたる基礎調査の中で、ツェルゲル村というゴビ地域の山中にあって、しっかり未来を見据え、誠実に語るツェンゲルさんという精悍だが優しさを湛えた魅力ある若き遊牧民のリーダーに出会い、「地域」に新たな動きが起こっていることを知ったのである。

 しばしゲルの中で話し合った後、突然、ツェンゲルさんに「外に出ないか」と誘われた。
 丘陵をのぼり、断崖絶壁まで辿り着くと、おもむろに腰を下ろして語り合った。眼下には、平原の遥か彼方の夕暮れ迫る地平線上に、モンゴルの遊牧民が出生の地に胎盤を埋めるという“トーント・タイハ”の風習に纏わる伝説の小山「王妃座山(ハタン・ソーダル)」が、ぽつんと小さく幽かに紺青に揺れて見えていた。

 ツェンゲルさんは、それまでとは違った語り口で、大地と人間の宿命とも言うべき遊牧民の生涯と、自らの生きる信念を静かに語りはじめた。その土着の人生観とそこに深く根ざした世界観に耳を傾けながら、この人は、首都ウランバートルでの浮ついた政治の動きとは異なり、若いながらも、もっと根源的なところからものごとを考える、稀に見る人物であると感じ入った。この村をじっと見ていけば、これまでにはなかった、もっと深い「地域」認識が可能になるのではないか、という予感すら湧いてきたのである。

 こうして、1992年秋から1993年秋まで、このツェルゲル村を拠点に、筆者ら5名からなる日本の調査隊は、越冬を含む1年間の本格的な住み込み調査をおこなうことになった。
 この越冬調査では、ツェルゲルの人々の地域づくりの新たな“模索の動き”を縦糸に、ツェルゲルの四季折々の自然と、そこに生きる遊牧民の暮らしの細部や人々の心のひだを横糸に組み込みながら、この地域世界のダイナミズムを捉えていく

ツェンゲルさん家族
ツェンゲルさんとその家族(1990年夏)
「民主化」以前から、過酷な自然とたたかいながら、
仲間とともに「地域」再生を模索してきた

 この“模索の動き”のいわば縦糸を紡ぐツェルゲルの人々。その中のリーダーの一人であるツェンゲルさん(当時35歳)とその家族。生活の辛さも満面に笑みを湛えて吹き飛ばしてしまう肝っ玉母さんのバドローシさん(当時31歳)。我慢強く幼い弟妹たちを見守る長女スレン(当時11歳)、自然の中に溶け込むようにして飛びまわるお転婆次女ハンド(当時7歳)や食いしん坊の御曹司セッド(当時5歳)。ツェンゲルさんよりも年上で、彼とは苦楽を共にしてきた同志でもあり、貧乏ではあるが誇り高い“没落貴族”のアディアスレンさん(当時42歳)とその家族たち・・・。

 これら次々と脳裡に甦ってくるどの人物をとってみても、海の向こうの人々とは思えない。身近で、親しみ深く、等身大の生身の人間として立ちあらわれてくる。
 乾燥しきった大砂漠の中の山岳地帯。疎らにしか生えないわずかばかりの草をヤギたちに食べさせ、その乳を丹念に搾り、チーズをつくり、乳製品や家畜の肉を無駄なく大切に食して命をつなぎ、つつましく暮らしているこれらの人々が、なぜか気高く映るのである。

 一方、断片的でこま切れな情報の氾濫と喧噪に刺激され、際限なく拡大していく欲望と浪費と生産の悪循環の中で、あくせくと働き、精神をズタズタにされていく現代人。その末路がどんなものであるのか、そのことがようやく朧気ながら見えはじめてきた時、家畜たちとともに貧しくもつつましく生きるこのツェルゲルの人々のひたむきな生き方に、21世紀未来への幽かな光明を見る思いがする。いつしか、このツェルゲルという「地域」の独自の世界に、どっぷりと浸っていく。

  輝く朝が播き散らしたものを、
  すべて連れ返す宵の明星よ。
  あなたは羊を返し、山羊を返し、
  母のもとへ子を連れ返す。

       (サッフォー断片104 藤縄謙三 訳)

 この詩は、古代ギリシャの女流詩人サッフォー(紀元前610~580頃)の作によるものである。朝に東から太陽が昇り、夕べに西に沈むこの天体の運行に身をゆだね、自然の中に溶け込むようにして日々繰り返しおこなわれてきた、家畜たちと人間たちとの共同の営みは、ギリシャの地においては少なくとも二千数百年の昔から、そしてモンゴルのこのツェルゲルの大地では今日においても受け継がれ、時空を越えて、この地球の悠久の広がりの中で、えんえんと繰り返され、何とか今に継承され保持されてきたことになる。

 人間にとって本源的で大切なものは何かと問われれば、それは、迷うことなく、今となっては私たちに僅かにしか残されていない、この自然と人間の原初的な関わりそのものである、と答えるであろう。
 「東アジア世界」の片隅のツェルゲルというこの一「地域」で、旧社会主義体制下での上からの抑圧とグローバル市場経済の新たな重圧をもろに受け、時代の荒波の中、苦闘を続けてきた遊牧民たちの生きる姿は、人類が僅かではあるが保持してきた、この本源的なるものの底に潜む思想の核心部分を、現代に今甦らせることの大切さと同時に、そのむつかしさを告白し、人間がますます大地から離れていく現代の傾向に対して、精一杯の警鐘を鳴らし、人々に再考を促そうとしているのかもしれない。

 越冬を含むこの1年間の調査の成果は、ドキュメンタリー映像作品『四季・遊牧 ―ツェルゲルの人々―』(小貫雅男・伊藤恵子共同制作、三部作全六巻・7時間40分、大日、1998年)としてまとめられている。

コラム「菜園家族 折々の語らい」(9)の引用・参考文献(一部映像作品を含む)
小貫雅男・伊藤恵子『新生「菜園家族」日本 ―東アジア民衆連帯の要―』本の泉社、2019年
小貫雅男『モンゴル現代史』山川出版社、1993年
映像作品『四季・遊牧 ―ツェルゲルの人々―』小貫雅男・伊藤恵子共同制作(三部作全六巻・7時間40分)、大日、1998年
  そのダイジェスト版(前編・後編 各1時間40分)をYou Tubeに公開中。
  前編 https://youtu.be/8ckpvZv3blc ,後編 https://youtu.be/8WR0TCZd7O0

――― ◇ ◇ ―――

本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 このコラム「菜園家族 折々の語らい」は、これからも随時、掲載していく予定です。
 読者のみなさんからのご感想などをお待ちしています。

2026年1月9日
里山研究庵Nomad
小貫雅男・伊藤恵子

〒522-0321 滋賀県犬上郡多賀町大君ヶ畑(おじがはた)452番地
里山研究庵Nomad
TEL&FAX:0749-47-1920
E-mail:onukiアットマークsatoken-nomad.com
(アットマークを@に置き換えて送信して下さい。)
里山研究庵Nomadホームページ
https://www.satoken-nomad.com/