新プロジェクト“菜園家族じねんネットワーク日本列島”開始のお知らせ

 新型コロナ・パンデミックと気候変動の歴史的大転換期にあって、当里山研究庵Nomadは、新プロジェクト“菜園家族じねんネットワーク日本列島”を企画、10月初旬にFacebookページを一般公開する予定です。

新プロジェクトの趣意書(全文)― 投稿要領などを含む ― は、こちらに掲載

 新プロジェクトのFacebookページでは、日本列島各地のみなさんからお寄せいただくさまざまな情報やご意見 ― 季節季節の自然の移ろい、日常普段の暮らしやなりわい、生活への思いなど身近な話題、「地域づくり」や「まちづくり」の取り組み、地域が抱える具体的な課題、長年取り残されてきた理論上の諸問題などなど ― を随時、掲載していきたいと思っています。

 人と人とのつながりが寸断され、混迷の淵に沈んでいる今、このFacebookページが、全国各地のみなさんを結び、明日への思いを語り合う、生気溢れる交歓の広場(プラットフォーム)に育っていけばと願っています。

 さらには、このプロジェクト“菜園家族じねんネットワーク日本列島”が、多くの方々の主体的参加によって、インターネット上の仮想空間にとどまることなく、やがて全国各地の農山漁村や都市部など現実世界においても一段と力量を発揮し、21世紀、地域コミュニティの創造という新たな地平に向かって、徐々にではあるが着実に進化を遂げていくことを、そして、そのために微力ながらも縁の下の力持ちの役割を果たしていければと願っています。

2021年9月22日

里山研究庵Nomad
主 宰 小貫 雅男
研究員 伊藤 恵子

〒522-0321 滋賀県犬上郡多賀町大君ヶ畑452番地
里山研究庵Nomad
TEL&FAX:0749-47-1920
E-mail:onuki@satoken-nomad.com
https://www.satoken-nomad.com/

新プロジェクト“菜園家族じねんネットワーク日本列島”趣意書(全文)

◆ こちらから全文をダウンロードできます。
“菜園家族じねんネットワーク日本列島”趣意書(全文)
(2021年9月22日付、PDF:518KB、A4用紙5枚分)

【新プロジェクト趣意書(全文)】

気候変動とパンデミックを超えて
確かな未来へ

      森と海を結ぶ

菜園家族じねんネットワーク日本列島
(略称:プロジェクト“菜園家族じねんネット”)

― 草の根の英知の結集と切磋琢磨、そして民衆連帯の形成 ―

目先の利得に囚われ、長年、「その場凌ぎ」にすっかり慣らされてきた近視の目には、遠景は霞み、歪み、果てには見えなくなる。遠方に広がる無限の可能性、豊かな多様性はいつしか見過ごされてしまう。
打つ手打つ手のすべてが、後手後手になる。その最大の原因は、まさにこのことにある。
私たちは一旦、そこから離れ、はるか遠い世界に目を遣り、じっくり考え、長期ビジョンのもとに、新たな世界へ挑む決断と勇気を持たなければならない。今まさに、その時に来ているのではないか。
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新著『気候変動とパンデミックの時代 生命系の未来社会論』(御茶の水書房)が刊行されました!

 このたび、新著『気候変動とパンデミックの時代 生命系の未来社会論 ―抗市場免疫の「菜園家族」が近代を根底から覆す―』(小貫雅男・伊藤恵子 著、御茶の水書房、A5判並製・371頁、2021年3月19日)が刊行されました。

『生命系の未来社会論』(小貫雅男・伊藤恵子、御茶の水書房、2021年3月)

 

 

   気候変動とパンデミックの時代
   生命系の未来社会論
 ―抗市場免疫の「菜園家族」が近代を根底から覆す―

小貫雅男・伊藤恵子 著
御茶の水書房 http://rr2.ochanomizushobo.co.jp/
A5判並製・371頁、2021年3月19日発行
定価:2,860円(税込)

 

◆本書の要旨◆

         気候変動とパンデミックの時代
         自然観と社会観の分離を排し
         両者合一の普遍的原理を
         社会変革のすべての基礎におく。

           生命系の未来社会論 具現化の道
           「菜園家族」社会構想の根底には
           人々の心に脈々と受け継がれてきた
           大地への回帰と止揚(レボリユーシヨン)という
           民衆の揺るぎない歴史思想の水脈が
           深く静かに息づいている。

         まさにこの民衆思想が
         冷酷無惨なグローバル市場に対峙し
         大地に根ざした
         素朴で精神性豊かな生活世界への
         新たな局面を切り拓く。

           世界は変わる
           人が大地に生きる限り。

                       ~扉のことばより~

 以下に、目次と著者からのメッセージを掲載します。
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YouTubeにダイジェスト版『四季・遊牧 ―ツェルゲルの人々―』を公開しました!

 このたびYouTubeに、ダイジェスト版『四季・遊牧 ―ツェルゲルの人々―』(前編・後編 各1時間40分)を公開しました。
 モンゴル山岳・砂漠の村の大自然と、そこに生きる遊牧民たちの1992年秋から1年間の暮らし、地域再生の模索を描いたこの映像作品は、「コロナ後」の世界を根源的に問いかけてきます。

   甦る大地の記憶
      心ひたす未来への予感

【前 編】(1時間40分)
~秋・冬・早春~
https://youtu.be/8ckpvZv3blc

【後 編】(1時間40分)
~春・夏・晩秋~
https://youtu.be/8WR0TCZd7O0

監督・撮影:小貫雅男
編集:伊藤恵子
企画・制作:里山研究庵Nomad

『四季・遊牧』を推す  映画監督 山田 洋次
モンゴルを深く知る人によって、はじめてとらえることのできる迫力が画面に溢れ、一年間をともに過ごした何組もの遊牧の家族たちへの熱い愛情と、その人たちの暮らしのあり方への敬意が胸を打つ。

制作者からのメッセージ

    かけがえのないこの作品世界を
    気候変動とパンデミックの脅威に晒され
    21世紀を生きるすべての人々へ ――

 新型コロナウイルスは、地球規模に拡散。2020パンデミックの脅威は、世界を一気に震撼させた。そして、何よりも私たちの生活のあり方そのものを根底から揺るがすものである。
 人々はこの惨禍に喘ぎながらも、時が経つにつれて、街の賑わいが日常に戻り、何もなかったかのように、素知らぬ顔でまた同じ道を歩きはじめる。
 ドキュメンタリー映像作品『四季・遊牧―ツェルゲルの人々―』は、このどうしようもない人間の業(ごう)とも言うべき性(さが)に対して、警鐘にも似た喚起を促すにちがいない。
 いつしかこの作品世界にどっぷり浸り、私たち自身の生き方が、そしてこれまでの私たち社会のあり方そのものが、果たしてこのままでいいのかどうかを根源的に問いかけられていることに気づかされるであろう。
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新著『世界に誇る日本国憲法 究極の具現化 新生「菜園家族」日本 ―東アジア民衆連帯の要―』(本の泉社)が刊行されました!

 このたび、新著『世界に誇る日本国憲法 究極の具現化 新生「菜園家族」日本 ―東アジア民衆連帯の要(かなめ)―』(小貫雅男・伊藤恵子 著、本の泉社、A5判並製・384頁、2019年9月)が刊行されました。

表紙『新生「菜園家族」日本―東アジア民衆連帯の要―』(小貫雅男・伊藤恵子、本の泉社、2019年9月)

 

 

世界に誇る日本国憲法 究極の具現化
  新生「菜園家族」日本
 ―東アジア民衆連帯の要(かなめ)

小貫雅男・伊藤恵子 著
本の泉社 http://www.honnoizumi.co.jp/
A5判並製・384頁、2019年9月発行
定価:本体2,500円+税

 

◆本書の要旨◆

             世界は変わる
            人が大地に生きる限り

         「菜園家族」の未来構想の根底には
         人々の心に脈々と受け継がれてきた
         大地への回帰と止揚(レボリユーシヨン)という
         民衆の揺るぎない歴史思想の水脈が
         深く静かに息づいている。

           まさにこの民衆思想が
           冷酷無惨なグローバル市場に対峙し
           素朴で精神性豊かな21世紀未来社会への
           新たな局面を切り拓く。

         世界に誇る日本国憲法 究極の具現化
         新生「菜園家族」日本が
         「東アジア世界」の分断と対立の
         長き歴史に訣別を告げ
         やがて東アジア民衆の連帯に
         先鞭をつけるにちがいない。

           混迷と保身の「令和」の時代
           たとえそれがどんな時代になろうとも
           あなたの夢を忘れないで。

                       ~扉のことばより~

       小さな「地域」から覗く世界の真実

         東アジアの片田舎の小さな「地域」
         人知れず権力と闘った
         民衆の苦闘の姿を見つめ
         この地域世界の特質と課題を明らかにし
         21世紀、私たちの未来への展望を探る。

                       ~帯(ウラ)のことばより~

 以下に、目次と著者からのメッセージを掲載します。
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命運の岐路に立たされた若者たち ―『きけ わだつみのこえ』、そして今日の学生の苦悶のレポートから ―

◆ こちらから全文をダウンロードできます。
命運の岐路に立たされた若者たち ―『きけ わだつみのこえ』、
そして今日の学生の苦悶のレポートから ―
(2018年9月28日付、PDF:487KB、A4用紙15枚分)

命運の岐路に立たされた若者たち
―『きけ わだつみのこえ』、そして今日の学生の苦悶のレポートから ―

                                      伊藤恵子

はじめに ― 二人の「学徒」の訃報に思う
Ⅰ 大学にも忍び寄る軍事「新大国主義」の影
Ⅱ 学生たちと『きけ わだつみのこえ』を読む
Ⅲ 悩み、逡巡する今日の若者たち ―弱肉強食の競争にまみれて
Ⅳ 「菜園家族」構想と平和主義をめぐって ―学生のレポートから考える
おわりに ―真綿締めの苦悶にもがく今日の若者たち―「未発の可能性」を信じて

はじめに ― 二人の「学徒」の訃報に思う
 今年2018年梅雨の頃、新聞で相次いで2人の訃報が目に留まった。
その1人は、6月7日に101歳で亡くなった日高六郎さん(1917年生まれ)。平和と民主主義について、戦前、戦中の自己の体験にも基づきながら、一人ひとりの人間のレベルからはじまり、社会全体のあるべき姿を展望しつつ深く思索し、戦後の市民運動に取り組んできた社会学者、評論家である。
 日米が開戦した1941年12月8日、東京帝国大学文学部の学生だった。繰り上げ卒業、そして召集という運命が目前に迫り、学生たちには落ち着かない空気が流れていた。しかし教授たちの反応は違った。はっきりけりがついて、さばさばした。暗雲低迷が一時に晴れわたった感じだというのである。町の人々も同様で、どちらでもいいから早く決着をつけてくれ、という気分だったという。
 卒業後、陸軍に入営するが病気除隊。文学部助手となるも、80人ほどいる教授らの中で、1931年からはじまった戦争に対して本当に批判的だったのは、フランス文学の渡辺一夫氏(1901~1975)と言語学の神田盾夫氏(1897~1986)の2人だけであることに、絶望感を抱いていたという。
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暗闇に射し込む一筋の光 ―人間そんなに弱いものではない―

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暗闇に射し込む一筋の光 ―人間そんなに弱いものではない―
(2018年7月17日付字句加筆・訂正版、PDF:231KB、A4用紙5枚分)

暗闇に射し込む一筋の光
― 人間そんなに弱いものではない ―

                                      小貫雅男
                                      伊藤恵子

若き魂への伝言
 2018年7月3日、首相官邸への通路で待ち構えていた記者団に囲まれ、「昨夜のサッカーW杯日本対ベルギー戦の感想は・・・?」と訊かれ、安倍首相は「この2週間、本当によい夢を見させてもらいました」と、平然と笑みを浮かべ、そそくさと通り過ぎていった。
 ご本人は、森友・加計問題で窮地に追い込まれ、崖っぷちに立たされていたまさにその時である。サッカーW杯熱狂の神風が運良く吹き荒れ、国民の関心は、こぞってその渦の中へと一気に吸い込まれていった。何ともやりきれない、ふてぶてしさだけがあとに残る。
 それがどんな夢なのか知る由もないが、よもや「国民一億総熱狂のおかげで救われました」などと、本心は口が裂けても言えまい。
 ちょうどこの対ベルギー戦を控えた7月2日、大勢の報道陣を前に、国民栄誉賞授与式なるものが行われた。首相は、人気絶頂の若いフィギュアスケート選手を前にして、まことしやかな言葉を交わし、実に神妙に儀式を執り行った。
 国会を愚弄する破廉恥も、巧妙な虚言も、来たる「選挙」のために、それで相殺できるとなれば、何でも厭わずやってのけるのだ。
 首相就任以来この方、こうした見え透いた細々とした偽善なるものを実にこまめに織り交ぜ、せっせと繰り返しながら、忌まわしい本質をすっかり覆い隠し、何とか政権を維持してきた。こざかしさを通り越し、権力への恐るべき執念と言うほかない。
 こんな小手先のごまかしで、これまでは国民を騙すことができたとしても、それは、なんぼ何でももはや限界なのだ。民衆を決してあなどってはならない。
 サッカーW杯に沸く狂騒のまさにそのさなか、落語家の桂歌丸さんは壮絶な死を遂げた。世人の笑いを誘い、庶民に生きる力を与え、死力を尽くして励まし続けてきた歌丸さん。身を削り、いのち尽きる直前まで、あきらめず己の道を究め、ついに81年の生涯を閉じた。さわやかな、揺るぎないその使命感にただただ驚嘆するばかりである。
 そんなに心配するほど人間は弱くはないのだよ、と身をもって語りかけてくるようだ。鬱屈したこの欺瞞の時代。壮絶なそのさいごの姿は、暗闇に射し込む一筋の光となって、人々の心に甦る。

米朝首脳会談を新たな角度から考える
 懐疑と期待の念をない交ぜながら、2018年6月12日、急ごしらえの米朝首脳初会談に、世界の人々の目は釘付けにされた。
 その評価をめぐる議論はさまざまである。確かに米朝間での軍事的威嚇の応酬による一触即発の核戦争の脅威を一時的にせよ回避した面は否定できないが、より重要な視点を見落としてはならないのではないか。
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サッカーW杯に沸く歓声と興奮の陰でほくそ笑むアベの「政治」― 屈辱の世界を越えて、希望の未来へ ―

◆ こちらから全文をダウンロードできます。
サッカーW杯に沸く歓声と興奮の陰でほくそ笑むアベの「政治」
― 屈辱の世界を越えて、希望の未来へ ―
(2018年6月23日付、PDF:204KB、A4用紙5枚分)

  サッカーW杯に沸く
    歓声と興奮の陰でほくそ笑むアベの「政治」

― 屈辱の世界を越えて、希望の未来へ ―

 熱狂するサポーターやマスメディアの余りにも過剰なまでの報道とあの光景が、かつて不満のはけ口を求めてファシズムの道を突き進んだ民衆の熱狂と重なって、不安が胸をよぎる。よもやとは思うが、今日のわが国の「政治」の現状を見ると、一概にそれを否定できないのではないか。
 それが杞憂に過ぎないと思える日が、一日も早く来ることを願うばかりである。
 昨今のマスメディアの報道を見るに、国民の将来にとって今もっとも大切なことは何なのか、そしてしっかり伝えるべきことは何なのか、という報道の社会的役割、つまり報道の公共性をすっかり忘れ、人々の目先の興味や好奇心におもねる、極端にバランスを欠いた視聴率第一主義の報道へと急速に傾斜していく姿に一抹の不安を感じている。
 アベ「政治」が森友・加計問題で窮地に陥り、政治の腐敗が白日の下に晒されたにもかかわらず、政党政治は手をこまねき、解決の方向すら見出せず混迷を深めている。国民の不満や鬱屈した心情は、今や頂点に達している。こうした中、局面を一気に打開しようとするファシズム台頭の社会的動機、思想的土壌はいよいよ極度に醸し出されていく。
 わが国の戦後民主主義が根源的に問われているこの瞬間においても、サッカーW杯、紀州のドン・ファン、つまり躍動的で熱狂的なスポーツとどろどろとした猟奇的な事件で、しつこくメディアが埋め尽くされていくこの異常な事態をどう見るのか。今後の報道のあり方を考えるためにも、報道に携わる当事者はもちろん、メディア研究の専門家をはじめ、広汎な国民共通の重い課題として受け止め、多面的かつ総合的に検証していく必要があるのではないか。
 ところで、加計学園の加計孝太郎理事長による6月19日の突然の記者会見は、姑息としか言いようのないものだった。
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『菜園家族レボリューション ―日本国憲法、究極の具現化―』を読んでのお便り(橋本 智さんより)

 2018年3月5日に、橋本 智さん(栃木県下野市在住、栃木県立宇都宮白楊高等学校 農場長)から、拙著『菜園家族レボリューション ―日本国憲法、究極の具現化―』(本の泉社、2018年2月刊)を読んでのお便りが届きました。
 以下に掲載いたします。末尾に橋本先生のご紹介を添えました。

『菜園家族レボリューション ―日本国憲法、究極の具現化―』を読んで

橋本 智(栃木県下野市在住)

 新刊『菜園家族レボリューション ―日本国憲法、究極の具現化―』(本の泉社)、一気に読ませていただきました。
 「“菜園家族”を基調とするCFP複合社会の構築と“森と海を結ぶ流域地域圏”の再生」への道について、私自身が現在農業高校に勤務していますので、ご著書を読みながら私なりに以下のようなことを考えてみました。
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新著『菜園家族レボリューション ―日本国憲法、究極の具現化―』(本の泉社)が刊行されました!

 このたび2018年2月3日に、新著『菜園家族レボリューション ―日本国憲法、究極の具現化―』(小貫雅男・伊藤恵子 著、本の泉社、A5判160頁)が刊行されました。
 多くの方々にお読みいただきたいと願っています。

表紙『菜園家族レボリューション―日本国憲法、究極の具現化―』(小貫雅男・伊藤恵子、本の泉社、2018年2月)

 

 

 

 

『菜園家族レボリューション
 ―日本国憲法、究極の具現化―
(小貫雅男・伊藤恵子 著、本の泉社
 A5判160頁、2018年2月3日発行、
 定価:本体1,200円+税)

 

           21世紀人々は、前人未踏の
           おおらかな自然(じねん)の世界を求め
           大地への壮大な回帰と止揚(レボリューション)の道を歩みはじめる。

             根なし草同然となった
             近代特有の人間の生存形態
             賃金労働者を根源的に問い直し

           冷酷無惨なグローバル市場に対峙して
           抗市場免疫の「菜園家族」を基礎に
           素朴で、精神性豊かな生活世界を構築する。

             憎しみと報復の連鎖に代えて
             非武装・不戦の誓いを
             いのちの思想を
             暮らしの根っこから。

           今こそ近代のパラダイムを転換する。

                            ~扉のことばより~

≪本書の主旨≫
 私たちは鳥籠に飼い馴らされ、本来の野性を失い、いつの間にか歌を忘れたカナリアになってしまったのではないか。このこと自体が、実に恐るべきことなのだ。
 俗物トランプ流の反知性と自己本位の拝金主義の蔓延、そしてアベ流改憲のこざかしさと欺瞞に満ちた反動攻勢の風圧に押され、いつのまにか自由な思考と創造の世界に羽ばたくことを忘れてしまったようだ。狭い枠に閉じ込められ、果てには破滅の坂を転がり落ちていったかつての時代の記憶が甦ってくる。実におぞましい時代に突入したのである。

         今だからこそ、別次元の思考と行動力を

            超大国アメリカが
            徒党を組み画策する
            弱小国への
            異常なまでの軍事圧力と経済制裁。

              この狂気の沙汰が誘引する
              核の導火線に怯え
              本質を忘れ
              冷静さを失ってはならない。

            私たちは
            はるか遠い未来を
            展望するに足る
            山頂に立ち得た時

              あの忌まわしい
              強権的為政者たちの
              欲深い、けちな取引とは
              まったく別次元の
              思考と行動力を獲得するのだ。

                              ~本文 第一章より~

 1990年代初頭、第二次大戦後の世界を規定してきた米ソ二大陣営の対立による冷戦構造が崩壊し、アメリカ単独覇権体制が成立することになる。しかしそれも束の間、アメリカ超大国の相対的衰退傾向の中、その弛緩に乗ずるかのように、旧来の伝統的大国に加え、新興大国が入り乱れる新たな地球規模での多元的覇権争奪の時代がはじまった。アベノミクスの「経済大国」、「軍事大国」への志向は、まさにこの新たな時代に現れた21世紀型の「新大国主義」とも言うべきその本質が、直截的、具体的に現実世界に投影された姿そのものと見るべきであろう。
 21世紀型「新大国主義」の台頭とも言うべき、今日の新たな歴史的段階に突入し、戦争の危機迫るこの暗い世界にあって、日本国憲法のなかんずく前文および第九条「戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認」の精神は、いよいよ燦然と輝き、私たちの行く手を照らしている。この第九条こそ、大国主義への誘惑を排し、他者に対する深い寛容の精神と、非同盟・中立、非武装・不戦の平和主義に徹した小国主義への道である。

 このいのちの思想を今日の現実世界において如何にして実現していくのか。
 本書では、その可能性をわが国の経済・社会のあり方、つまり、21世紀未来社会論としての「菜園家族」構想の側面から探究する。
 これまで十数年間、数次にわたって提起してきた「菜園家族」構想による21世紀の新たな未来社会像について、日本国憲法の三原則「平和主義」、「基本的人権(生存権を含む)の尊重」、「主権在民」を基軸とする全条項の具現化との関わりにおいて、特に大切になってくる核心部分に絞って、章を追って順次究明していく。

 「菜園家族」構想による未来社会の長期にわたる実現過程は、日本国憲法全条項の究極の具現化への道そのものであり、さらには、それぞれの条項を個々バラバラなものとしてではなく、相互に内的に密接、有機的に連関させつつ、その理念を民衆の暮らしの中に深く浸透させ、現実社会に丸ごと実体化していくプロセスそのものでもある。
 そしてまた、日本国憲法と私たちの暮らしとの不可分一体化を成し遂げていくこの過程は、同時に、人間社会の生成・進化の原理が自然界の摂理とも言うべき「適応・調整」の普遍的原理に限りなく近づき、「菜園家族」を基調とするCFP複合社会を経て、人間を抑圧の苦渋から最終的に解放し、自由・平等・友愛のおおらかな「自然(じねん)の世界」、つまり近代を超克する素朴で精神性豊かな自然循環型共生社会へと到達するプロセスでもあるのだ。
 そこに、日本国憲法と「菜園家族」構想との一体的連関性と、そこから新たに生まれ展開する、前代未到の21世紀独自のレボリューションとしての真価を見出すことができる。

 以下に目次と著者からのメッセージを掲載します。
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