連載“高次自然社会への道” 終了にあたって≪3≫

連載“高次自然社会への道” 終了にあたって≪3≫

今や猶予なき喫緊の国民的課題
「菜園家族的平和主義」の構築
―いのちの思想を現実の世界へ―

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連載 “高次自然社会への道” 終了にあたって≪3≫
「菜園家族的平和主義」の構築 ①
(PDF:528KB、A4用紙9枚分)

アザラシ

人は誰しも
決して避けることのできない
死という宿命を背負いながらも
懸命に生きている。
 そもそも人間とは
 不憫としか言いようのない
 不確かな存在ではなかったのか。
だからこそなおのこと
 人は
 同じ悲哀を共有する同胞(きょうだい)として
 せめても他者に
 とことん寛容でありたいと
 願うのである。

今や常態化した
権力者による
「マッチポンプ」式の卑劣な応酬。
 だが、これだけは決して忘れてはならない
 戦争とは、結局、どんな理由があろうとも
 民衆に
 民衆同士の殺し合いを強いる
 国家権力による
 極悪非道の最大の犯罪そのものなのだ。

1 いのち軽視、いのち侮辱の「戦争俗論」の跳梁跋扈を憂える
 ―卑劣な企み「マッチポンプ」の繰り返し―

憎しみと暴力の坩堝(るつぼ)と化した世界 ―世界の構造的不条理への反旗
 今から11年前の2013年1月16日、はるか地の果てアルジェリアのサハラ砂漠の天然ガス施設で突如発生した人質事件は、わずか数日のうちに、先進資本主義大国および現地政府軍の強引な武力制圧によって、凄惨な結末に終わった。

 こうした中、同年1月28日、安倍晋三首相(当時)は、衆参両院の本会議で第二次安倍内閣発足後、初めての所信表明演説を行った。
 演説の冒頭、アルジェリア人質事件に触れ、「世界の最前線で活躍する、何の罪もない日本人が犠牲となったことは、痛恨の極みだ」と強調。「卑劣なテロ行為は、決して許されるものではなく、断固として非難する」とし、「国際社会と連携し、テロと闘い続ける」と声高に叫び胸を張った。

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連載“高次自然社会への道” 終了にあたって≪2≫

連載“高次自然社会への道” 終了にあたって≪2≫

今や猶予なき喫緊の国民的課題
「菜園家族」を土台に築く近代超克の先進福祉大国
―高次の新たな社会保障制度の探究―

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「菜園家族」を土台に築く近代超克の先進福祉大国 ②
(PDF:615KB、A4用紙12枚分)

青空に浮かぶ雲(横長)

4 近代超克の円熟した先進福祉大国への可能性

 社会保障の財源としての税については、これまた社会のあり方やその性格が変われば、当然のことながら変化していく。
 税は「富の再分配」の装置でもある。支配的な「富の財源」が土地であれば地租が、そして資本主義工業社会であれば、第一次産業や企業での生産労働、そして企業の営業活動が「富の源泉」となり、所得税、法人税が税収の主要部分を占める。そして消費が社会の全面に現れてくると、消費税が注目されてくる。さらに「ストック」が顕在化してくると、環境ないしは自然という究極の「富の源泉」に目が向けられてくる。固定資産税や環境税である。

 このように考えてくると、「労」「農」一体融合の新たな人間の社会的生存形態、「菜園家族」を基調とするCFP複合社会においては、税制のあり方は、この社会の客観的性格および目指すべき理念に基づいて、「干からびた細胞」同然の賃金労働者を基盤に成り立つ資本主義社会とは、根本的に違ってくるのは当然であろう。
 CFP複合社会の資本主義セクターC内の企業への合理的かつ適切な課税、企業の莫大な内部留保への課税強化、株式・金融取引への大幅な累進課税等々によって、財源は飛躍的に強化・改善されていくであろう。

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連載“高次自然社会への道” 終了にあたって≪1≫

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今や猶予なき喫緊の国民的課題
「菜園家族」を土台に築く近代超克の先進福祉大国
―高次の新たな社会保障制度の探究―

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連載 “高次自然社会への道” 終了にあたって≪1≫
「菜園家族」を土台に築く近代超克の先進福祉大国 ①
(PDF:544KB、A4用紙8枚分)

北欧地域の俯瞰地図

 本来、社会保障制度は社会的弱者に対してこそ、しっかりとした支えになるべきであるのに、わが国の現状はそうはなっていない。その実態は、あまりにも無慈悲で冷酷である。
 しかも現行の制度は、不完全な上に、とりわけ年金、医療、介護、育児、教育は、なぜか財政破綻に瀕している。安心して生涯を全うできないのではないかという将来不安や不満が、常に国民の中に渦巻いている。
 そもそも社会保障制度とは原理的に一体何であり、どうあるべきなのか。そもそも論から考えるためにも、大切なことなので、まずこのことをおさえることからはじめたい。

1 原理レベルから考える「自助、共助、公助」

 今日私たちは残念ながら、人類が自然権の承認から出発し、数世紀にわたって鋭意かちとってきた、1848年のフランスにおける2月革命に象徴される理念、自由・平等・友愛の精神からは、はるかに遠いところにまで後退したと言わざるをえない。

 不思議なことに、近年、特に為政者サイドからは、「自立と共生」とか、「自助、共助、公助」という言葉がとみに使われるようになってきた。
 「自立と共生」とは、人類が長きにわたる苦難の歴史の末に到達した、重くて崇高な理念である自由・平等・友愛から導き出される概念であり、その凝縮され、集約された表現であると言ってもいい。
 それは、人類の崇高な目標であるとともに、突き詰めていけば、そこには「個」と「共生」という二律背反のジレンマが常に内在していることに気づく。

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連載 “高次自然社会への道” のむすびにかえて

連載 “高次自然社会への道”
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―
≪むすびにかえて≫

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≪むすびにかえて≫
(PDF:354KB、A4用紙4枚分)

パンデミックの闇のさなか
分断を乗り越え
どよめき湧き起こる
共感の熱き思い。
 そこに
 人類始原の原初的「共感能力」再建の
 新たな時代の可能性を見る。

星々が広がる青い宇宙

 今から3年前の新型コロナウイルス・パンデミックのさなか、2021年元旦の夜、久しぶりにNHK教育テレビ放映のウィーン・フィル ニューイヤーコンサートに聴き入る。
 無観客のウィーン大ホールでの巨匠リッカルド・ムーティの円熟したタクトと、そこから奏でるエンディング「美しく青きドナウ」のゆるやかな音響に、なぜか今年は格別の思いに引き込まれていく。
 オーストリアの人々にとって、「美しく青きドナウ」は、第二の国歌であるという。
 指揮者マエストロは、締め括りのあいさつの言葉をこう結んだ。

 私たちは
 人を殺す武器ではなく
 人々を癒やし、喜びを与える
 花を持っている。
   分断された人々に
   明日への希望と勇気を与え
   一つにする
   花を持っている。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その8)

連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の終了にあたり
≪総括にかえて≫
“高次自然社会への道”(その8)
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―

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≪総括にかえて≫ “高次自然社会への道”(その8)
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8 19世紀未来社会論のアウフヘーベン
 ―その展開のメカニズムと世界史的意義―

北天の星の軌跡

 19世紀未来社会論のアウフヘーベン
 止揚・熟成・・・そして世界の根源的大転換

  「菜園家族」基調のCFP複合社会を経て
  自然と人間の再融合
  人間復活の高次自然社会へ

 世界に誇る日本国憲法具現化の究極の道

1)CFP複合社会から自然循環型共生社会(FP複合社会)を経て高次自然社会へ

CFP複合社会の展開過程とその特質
 この世界に、そしてこの宇宙に存在するすべては、絶えず変化の過程にある。それはむしろ、変化、すなわち運動そのものが存在である、と言ってもいいのかもしれない。
 21世紀、生命系の未来社会形成の初期段階で、決定的に重要な役割を担う「菜園家族」基調のCFP複合社会も、決してその例外ではない。
 ここでは、CFP複合社会の展開過程を、まず、C、F、P3つのセクター間の相互作用に注目しながら見ていきたい。そして、その側面から、人間の労働とは一体何なのかを問いつつ、その未来のあるべき姿についても同時に考えることにする。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その7)

連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の終了にあたり
≪総括にかえて≫
“高次自然社会への道”(その7)
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―

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火星と銀河

7 ヒトの原初的「共感能力」(慈しむ心)の復権と非戦・平和の礎
 ―地域に築く抗市場免疫のライフスタイル―

 既に見てきたように、ヒトの「常態化した早産」が原因となって、「未熟な新生児」を受け入れ、長期にわたって庇護する必要性から、他の哺乳動物には見られない、人間に独特の発達事象「家族」の発生を見ることになる。
 この稀に見る「家族」を基底に、人間発達の他の3つの事象「言語」、「直立二足歩行」、「道具」が相互に作用し合い、ヒトの脳髄は特異な発達を遂げてきた。

 ここでもう1つ見落としてはならない大切な人間の発達事象として、人類始原のヒトに特有の感性、すなわち原初的「共感能力」(慈しむ心)が芽生えてきたことをここで再確認しておきたい。
 二百数十万年と言われる人類史の大半を占める、長期にわたる原始的無階級社会、つまり人類始原の自然状態にあっては、ヒトに特有のこの原初的「共感能力」、すなわち他者の痛み、他者の喜怒哀楽を自らのものとして受け止め、共振・共鳴する能力は、緩慢とは言え、徐々に繊細かつ豊かな発達を遂げてきたと言えよう。

 しかし、「道具」の発達に伴って生産力が発展するにつれ、個々人の労働によって生み出される剰余価値の収奪が可能になると、人間による人間の「規制・統制・支配」がますます強化されていく。それに従って、長い時間をかけ、着実にゆっくり発達してきたヒトに特有のこの原初的「共感能力」(慈しむ心)は、次第に揺らぎはじめる。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その6)

連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の終了にあたり
≪総括にかえて≫
“高次自然社会への道”(その6)
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―

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≪総括にかえて≫ “高次自然社会への道”(その6)
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夏の銀河

6 資本の自己増殖運動と麻痺する原初的「共感能力」(慈しむ心)
 ―人間欲望の際限なき拡大―

 生命系の未来社会論具現化の道である「菜園家族」社会構想による日本社会は、結局、縮小再生産へと向かい、じり貧状態へと陥っていくのではないか、という危惧の念を一般に抱きがちであるが、果たしてそうなのであろうか。
 この“高次自然社会への道”(その6)、および次回の(その7)では、この危惧と、生命史上稀に見る、人類始原の自然状態以来の、人間特有の感性とも言うべき原初的「共感能力」(慈しむ心)の問題を念頭に置きながら、話を進めていきたい。

 戦後わが国は、科学技術という知的資産を最大限に活用して産業を発展させ、高い経済成長をもって国際経済への寄与を果たすとする、「科学技術立国」なるものをめざしてきたし、これからもめざそうとしている。しかし、はたして私たちは、これを手放しで喜ぶことができるのであろうか。

ドラゴン(銅版画調・モノクロ)

 科学技術は市場原理と手を結ぶやいなや、人間の無意識下の欲望を際限なく掻き立て、煽り、一挙に暴走をはじめ、ついには計り知れない惨禍をもたらす。2011年3・11フクシマ原発苛酷事故は、その象徴的な事件であった。科学技術はいつの間にか本来の使命から逸脱し、経済成長の梃子の役割を一方的に担わされる運命を辿ることになったのである。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その5)

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≪総括にかえて≫
“高次自然社会への道”(その5)
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―

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≪総括にかえて≫ “高次自然社会への道”(その5)
(PDF:355KB、A4用紙4枚分)

人間の頭(銅版画調・カラー)

5 特異な発達を遂げたヒトの脳髄
 ―“諸刃の剣”とも言うべきその宿命―

「道具」の発達と生産力の爆発的な発展 ―ヒトの脳髄、大自然界からの皮肉な贈り物
 既に見てきたように、「常態化された早産」によってこの世に現れた、脳髄の未成熟な「頼りない能なし」であるヒトの新生児は、長期にわたる「家族」の緊密な庇護のもとに成長する。どのようにも変えうる可能性を秘めたこの未成熟で柔らかな脳髄は、「家族」といういわば原初的社会の刺激を繰り返し受けつつ、他の哺乳類には見られない、人間に特有な異常な発達を遂げていく。
 この「家族」を基盤に、人間発達のその他の3つの事象、すなわち「言語」、「直立二足歩行」、「道具」が相互に緊密に作用し合い、連動しつつ、人間の脳髄のさらなる発達を促していく。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その4)

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“高次自然社会への道”(その4)
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―

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半馬・半女の幻獣(銅版画調・モノクロ)

4 「家族」の衰退と社会の根源的危機
 ―「道具」の発達と連動して―

人間に特有な「道具」の発達が人類史を大きく塗り替えた
 受精卵の子宮壁への着床から成人に至る人間の個体発生の過程は、人類が出現して以来、これまでも繰り返されてきたし、これからも永遠に繰り返されていくであろう。
 だとすれば、「常態化された早産」によってあらわれる脳の未成熟な「たよりない能なし」の新生児も、これから先も永遠に繰り返されて、母胎の外にあらわれてくることになるであろう。

 子宮内の変化の少ない温和な環境から、突然外界にあらわれた新生児の新たな環境は、母の胎内とはまったくちがったものである。それは、「家族」という原初的ないわば社会的環境と、それをとりまく大地という自然的環境、この2つの要素から成り立っている。
 人類が出現した時点から数えても、今日まで少なくとも二百数十万年もの間、人間の赤ちゃんは、子宮内の温和な環境から、突然、この2つから成る環境、すなわち原初的な社会環境である「家族」と、大地という自然的環境に産み落とされ続けてきたことになる。

 昔と変わらず今日においても、胎外に生まれ出たこの未完の素質を最初に受け入れ、「養護」する場は、ほかでもなく「家族」であり、それをとりまく大地である自然なのである。そして、どのようにでも変えうる可能性を秘めたその未熟な脳髄は、繰り返しこの「社会」と「自然」という2つの環境から豊かな刺激を受けつつ変革され、人間特有の発達を遂げながら、他の動物とは際立った特徴をもつ人間につくりあげられてきた。

 人間形成のこの2つの環境は、少なくとも二百数十万年という長い人類史の大部分の間、主として自然界の内的法則にのみ従って、基本的には大きな変容を蒙ることもなく、緩慢な流れの中にあって、時代は過ぎていった。
 ただし、原初的な社会的環境である「家族」の方が、まず先行して、ゆっくりではあるが徐々に変化の兆しを見せはじめる。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その3)

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“高次自然社会への道”(その3)
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―

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フクロウ(銅版画調)

「家族」評価の歴史的経緯をめぐって

岸田首相が打ち出した「異次元の少子化対策」が
今、国会でにわかに取り沙汰されている。
 しかし、根源的視点が抜け落ちたまま
 議論が進行していると言わざるを得ない。
     (a)
これまで「家族」については
歴史的に実にさまざまな評価が
なされてきた経緯がある。
 特に近代に入ってもその否定的評価は根強く
 さまざまな問題を引き起こしている。
 旧統一教会や自民党に根強い
 古色蒼然たる家父長的家族観なども
 その典型と言えよう。

19世紀前半のロバート・オウエンに代表される
いわゆる空想的社会主義者たちや
その後19世紀のいわゆる科学的社会主義者たちの間でも
「家族」に対する評価はまちまちで
一概に極めて低く、否定的にしか扱われてこなかった。
中には、根強い復古的心情から
中世の家父長的家族への回帰を主張する論者もいた。

 いずれにしても
 未来社会論との関連では
 「家族」への考察と評価は
 十分に深められることはなかったと言えよう。

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