
コラム「菜園家族 折々の語らい」(8)
コラム
菜園家族 折々の語らい(8)
新生「菜園家族」日本の構築
―世界に誇る日本国憲法、究極の具現化―
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コラム「菜園家族 折々の語らい」(8)
(PDF:434KB、A4用紙6枚分)
21世紀人々は、前人未踏の
おおらかな自然(じねん)の世界を求め
大地への壮大な回帰と止揚(レボリューション)の道を歩みはじめる。
根なし草同然となった
近代特有の人間の社会的生存形態
賃金労働者を根源的に問い直し
冷酷無惨なグローバル市場に対峙して
抗市場免疫に優れた「菜園家族」を基礎に
素朴で、精神性豊かな生活世界を構築する。
憎しみと報復の連鎖に代えて
非武装・不戦の誓いを
いのちの思想を
暮らしの根っこから。
今こそ、近代のパラダイムを転換する。
小国主義と大国主義、苦闘の日本近現代史
明治維新政治史、日本近代史の研究者である田中彰氏は、小国論の視座から『特命全権大使米欧回覧実記』を検討し、その後に現れた小国主義の代表的な主張、議論を辿りながら日本近代史を描きなおした名著『小国主義 ―日本の近代を読みなおす―』(岩波新書、1999年)の結論部分で、要約以下のように述べている。
明治初年、米欧12か国を回覧した岩倉使節団は、日本近代国家創出のモデルを求め、日本の進むべき道を模索していた。使節団副使だった木戸孝允および大久保利通が没したあとの「明治14年の政変」は、その後の朝鮮問題とからんで日本の岐路となった。かつての特命全権大使だった岩倉具視と副使伊藤博文らによる明治政府がそこで選んだ道は、アジアにおける小国から大国への道だった。
これに対して、中江兆民は「富国強兵」を目指す明治政府の大国への道を痛烈に批判し、小国主義を対置した。当時、自由民権運動の側から出された私擬憲法、なかでも植木枝盛の草案などは、「自由」と「民権」を基調とする内容をもっていた。明治憲法を大国主義の憲法とすれば、植木らの民権派の憲法案は、まさに小国主義の憲法といってよい。
しかし、自由民権運動への徹底した弾圧によって小国主義はおしつぶされ、日清戦争の勝利によって明治天皇制は、その基盤となる思想的・社会的土壌を急速に広げ、確立していった。そして、軽工業から重工業へと、わが国の産業革命は進展していく。それに続く日露戦争は朝鮮を踏みにじり、中国への軍事侵略の足場をつくった。明治国家の大国主義路線は、これらの戦争を通して小国主義をおさえ込んでいく。
小国主義の路線は深く伏流せざるをえなかった。しかし、小国主義の主張は、社会主義思想や内村鑑三らキリスト教者の非戦・平和主義の論調として、時に表層に滲み出た。やがて、大正デモクラシーの潮流の中から顕在化したのが、石橋湛山らの「小日本主義」である。彼は、植民地放棄の論陣を張った。
だが、大正デモクラシーの潮流のなかでの「小日本主義(小国主義)」も、ふたたび大国主義による軍国主義におしのけられ、アジア太平洋戦争によって再度伏流化した。そしてついに、1945年8月15日、日本は敗戦を迎えたのである。敗戦と占領という外圧を経ることによって、戦前・戦中、苦闘を強いられ続けてきた「未発の可能性」としての小国主義ははじめて陽の目を見たのである。敗戦によるすべての植民地の放棄によって、小国主義が実現し、民権派憲法草案の流れをくんだ憲法研究会草案がマッカーサー草案を介して日本国憲法に流れこむことによって、小国主義はついに現実のものとなったのである。
明治初年さらに明治十年代から、「未発の可能性」としての小国主義は、大国主義と闘い、伏流、台頭、再伏流という長い苦難の水脈を維持しつつ、敗戦・占領という過程で、この小国主義を内包した日本国憲法として結実したのである。
そして、田中氏はこう結んでいる。
21世紀は、「小国主義か大国主義か」ということになろう。小国主義はアンチ大国主義・覇権主義である。それは小国主義としての主張であり、闘いである。小国主義を選択することは、日本国憲法の理念に根ざす小国主義を国民が主体的に闘いとることである。そして、その小国主義を克ちとり続けることこそが、日本近代史の苦闘の歴史の教訓を生かす道である。
それは明治以降、その理念の実現をめざして闘ってきた多くの先人の努力を受けつぐことにほかならない。日清・日露戦争以後、天皇の名においてくり返されてきた戦争に命を奪われた人びと、そして、アジア太平洋戦争にいたる数千万のアジアないし世界の犠牲者に対する、いまを生きる日本人としての責務がそこにはある。
小国主義は、国民の自主・自立のエネルギーの横溢と国家の禁欲を求め、道義と信頼に基づく国際的な連帯と共生を必要とする。そこには大国主義とのたゆまざる闘いがある。(田中彰『小国主義 ―日本の近代を読みなおす―』岩波新書、1999年)
「押しつけ」憲法論や「国際情勢の変化」を理由に、日本国憲法の小国主義の理念を否定しようとする企みに対する闘いが、今や急を要する事態に直面しているからこそなおのこと、自身も多感な青年期に軍国主義の時代に翻弄され、陸軍士官学校最後の士官候補生として敗戦の日を迎え、戦後、日本近代史の研究に取り組んできた氏のこの論点を大切に心に留めておきたい。
小国主義の理念に根ざした日本国憲法を踏みにじる反動攻勢
こうした歴史への謙虚な姿勢をまったく忘れ去ったかのように、安倍首相(当時)は国際舞台では、厚かましくも「自由と民主主義の価値観を共有するパートナー」などと嘯き、内に向かっては、嘘と欺瞞に充ち満ちた実にこざかしい手法を弄して、ついに2015年9月19日未明、「安保関連十一法案」を一つに束ねて、一気に参院本会議にてこの前代未聞の悪法「戦争法案」なるものを強行採決した。その強引で横柄な態度には、過去に犯した侵略戦争に対する反省の念などは微塵も見られない。恐るべき時代に突入したのである。
強行採決しても
「いずれ国民は忘れる」
人を見下す
この国の政治
安倍政権のこの思い上がりを
主権者たる国民は決して忘れない
2017年には、国連の舞台で日本政府の代表は、被爆者と圧倒的多数の諸国民の願いに背を向け、討議をボイコットし、核兵器禁止条約を拒絶するに至った。この年の夏もめぐってきた原爆の日。8月9日の長崎市での平和祈念式典後、安倍首相(当時)に対する要望の場で、今や高齢となった被爆者団体の代表たちから、「あなたはどこの国の総理ですか。私たちをあなたは見捨てるのですか。国民をあなたは見捨てるのですか」と直接、憤りの言葉が投げかけられる始末だった。
民意を無視し、説明責任を回避し、根拠のないまま、国民の命運を分ける重大問題を勝手に決める。それは、国民の声を踏みにじる原発再稼働の強行や、大国主導、財界主導のTPP問題、森友学園・加計学園疑惑の真相究明から逃げるような臨時国会冒頭での衆院解散という暴挙、さらには、2019年2月24日、辺野古米軍新基地建設のための埋め立ての賛否を問う沖縄県民投票で示された、「反対」が72パーセントという住民の明確な意思表示をも無視して、なおも強権をもって工事続行をごり押しする姿勢にも通底する特徴だ。
2017年6月末、安倍首相(当時)は、2020年東京オリンピックまでの改憲実現のために、夏のうちに日本国憲法の核心的規定である第九条の骨抜きを狙った「自衛隊明記」の自民党改憲案をまとめ、秋の臨時国会に提出し、2018年の通常国会で「改憲原案」として発議し、12月までに国民投票を行うという日程まで公言した。
森友・加計学園問題をめぐって、首相の人柄が信頼できないとの理由で内閣支持率が急落した後、一時的に影を潜めたものの、2017年10月22日衆院選の「圧勝」を受けて、衆参両院で改憲派が3分の2以上を占めているこの機会を逃すまいと、あらゆる姑息な策を弄して、再び改憲の動きを例の如くこざかしく手を変え品を変え、執拗に繰り出してくる。
米国トランプ大統領に呆れ返るほど卑屈な高市首相
2025年、自民党は、衆参両院で少数与党に転落するや否や、今度は日本維新の会との連立政権を発足させた。アベノミクスを継承するこの高市政権は、日米安保条約体制、日米軍事同盟の下、アメリカにすり寄り、「責任ある積極財政」を御旗に掲げ、「経済大国」、「軍事大国」へと突進する。
同年10月末、訪日したトランプ大統領とともに米海軍横須賀基地を訪問した高市首相は、原子力空母「ジョージ・ワシントン」において、「PEACE THROUGH STRENGTH (力による平和)」を掲げた壇上に並び立ち、「今後、日本の防衛力を抜本的に強化して、(中略)世界で最も偉大な同盟になった日米同盟を、更なる高みに引き上げてまいります。日米は共に帆を掲げ、自由で開かれた海を進みます」と宣言。米兵らの歓声に、満面の笑みで右手を突き上げ、跳びはねてみせた。
ここに時代錯誤も甚だしい、21世紀型新種とも言うべき「新大国主義」の特徴とその本質をまざまざと見る思いがする。目ざとく時代状況を窺いながら取り繕う狡猾さは、新種の名にふさわしいこうした政権に最たるものなのかもしれない。
であるからこそなおのこと、細心の注意を払い、警戒を怠ってはならない。「陸海空軍その他の戦力」の不保持を明確に規定したはずの憲法第九条に違反し、歴代自民党政権が戦後一貫して国民を欺き、実に巧妙に積み重ねてきた既成事実に馴らされることは、もはや許されないのである。
私たちは、戦後80年を経た今、もう一度、日本国憲法の前文と第九条をはじめ、「平和主義」、「基本的人権(生存権を含む)の尊重」、「主権在民」の三原則を基調とする、世界に誇るこの憲法の全条項を愚直なまでに誠実に読み返そうではないか。
初心に立ち返り、戦争の問題、すべての人々に背負わされた宿命的とも言うべき生と死の問題、そして結局、人間が誠実に生きることとはどんなことなのかを、この際、根源的にとことん考えぬこうではないか。
<日本国憲法>
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するために、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
たとえ為政者が、どんなに屁理屈を並べ立て、勝手気ままに振る舞おうとも、諦めてはならない。主権者たる国民の本当の出番は、これからはじまるのだ。
民衆の主体性と創意性の劣化を招いた原因と、大地に根ざした人間復活の未来構想
一方、私たちは、こうした蛮行をやすやすと許してきた私たち自身の弱さにも、同時に厳しく冷静に目を向けていく必要があるのではないか。
思えば、今私たちが享受している民主主義は、戦前、戦中、戦後を通して、私たちの先人たちの長き苦闘によって勝ち得たものであった。しかし、戦後高度経済成長とともに、いつしかその初心を忘れ、その後長きにわたって、あまりにも「選挙」だけに矮小化した「お任せ民主主義」に甘んじ、それでよしとしてきたのではなかったのか。
このことは同時に、生産と生活の現場における私たち民衆自身の主体性と創意性の劣化を招き、民主主義の原点とも言うべき草の根の民主主義の衰退と、これを基礎におく「議会」をはじめ民主的諸制度の空洞化を極限にまで進めることになったのではなかったのか。
私たちが、主権者たる国民の本当の出番を望むのであれば、長期的に見て、民主主義の衰退を招いたその根っこにある原因を、まずしっかりと確認しておく必要があろう。その上で、私たち自身の民衆的運動の新たなあり方を同時に模索していかなければならない。
そのためにはまず、この国のあるべき未来のかたちを探究し、めざす方向とその道筋をしっかりと見定めておくことであろう。そして民衆運動の具体的課題を、近代を超克する新たな未来への「長期展望」のもと、私たち自身の暮らしのあるべき姿に一つひとつ引き寄せ、照らし合わせ、検証していくことではないのか。
この「長期展望」とは、とりもなおさず、世界に誇る日本国憲法の全条項を究極において、21世紀の今日の現実世界に丸ごと具現化することであり、それはすなわち、今日の新たな時代にふさわしい、大地に根ざした人間復活の未来社会構想に帰結するのではないだろうか。
つまり具体的には、わが国の国土の自然や社会的、歴史的特性、さらには経済的発展段階を踏まえた週休(2+α)日制(但し1≦α≦4)の独自のワークシェアリング※1 を編み出し、近代の落とし子とも言うべき根なし草同然となった現代賃金労働者(サラリーマン)家族※2 に、従来型の雇用労働を分かちあった上で、生きるに最低限必要な生産手段(農地や生産用具、家屋など)を再び取り戻すことによって、近代を超克する新しい人間の社会的生存形態「菜園家族」※3 を創出する。そして、社会の基礎単位である家族を抗市場免疫の自律的で優れた体質に変革していく。
それは、「菜園家族」を基調とする素朴で精神性豊かな自然循環型共生社会をめざす21世紀の新たな未来構想であり、その社会の内実こそが、覇権主義、排外的大国主義の対極にある、思想としての小国主義が現実世界に具現するために必要不可欠な経済的・社会的土壌そのものになるはずだ。
※1 長編連載「いのち輝く共生の大地 ―私たちがめざす未来社会―」(2024年9月1日~2025年3月14日 里山研究庵Nomadホームページに連載)の第6章「『菜園家族』社会構想の基礎 ―革新的『地域生態学』の理念と方法に基づく―」で詳述。
※2 前掲長編連載の第2章「人間と家族、その奇跡の歴史の根源に迫る」の中で 「家族」一般を特にその生成・進化の歴史的側面から捉えながら、人間に特有な「家族」機能の再評価とその新たな概念規定を試みている。
※3 「菜園家族」とは、根なし草同然の賃金労働者と生産手段(生きるに必要な最小限度の農地・生産用具・家屋など)との「再結合」による、近代と前近代の「労」「農」人格一体融合の抗市場免疫に優れた、21世紀における新たな人間の基礎的社会的生存形態。これを基軸に、古い社会(資本主義)は、その深部から根源的な変革の時代へと着実に移行していく。
◆コラム「菜園家族 折々の語らい」(8)の引用・参考文献◆
田中彰『小国主義 ―日本の近代を読みなおす―』岩波新書、1999年
日高六郎『戦後思想を考える』岩波新書、1980年
山室信一『近現代アジアをめぐる思想連鎖 アジアの思想史脈 ―空間思想学の試み―』人文書院、2017年
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★いよいよ年の瀬が迫ってまいりました。みなさま、良き年末年始をお過ごし下さい。
このコラム「菜園家族 折々の語らい」は、年明けも随時、掲載していく予定です。
新年も引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。
2025年12月18日
里山研究庵Nomad
小貫雅男・伊藤恵子
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里山研究庵Nomad
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里山研究庵Nomadホームページ
https://www.satoken-nomad.com/




