“シリーズ21世紀の未来社会(全13章)”の要諦再読―その3―

“シリーズ21世紀の未来社会(全13章)”の
要諦再読 ―その3 ―

「家族」の衰退と社会の根源的危機
―「道具」の発達と連動して―

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要諦再読 ―その3―
“「家族」の衰退と社会の根源的危機”
(PDF:405KB、A4用紙4枚分)

柱時計(銅版画調)

人間に特有な「道具」の発達が人類史を大きく塗り替えた
 受精卵の子宮壁への着床から成人に至る人間の個体発生の過程は、人類が出現して以来、これまでも繰り返されてきたし、これからも永遠に繰り返されていくであろう。
 だとすれば、「常態化された早産」によってあらわれる脳の未成熟な「たよりない能なし」の新生児も、これから先も永遠に繰り返されて、母胎の外にあらわれてくることになるであろう。

 子宮内の変化の少ない温和な環境から、突然外界にあらわれた新生児の新たな環境は、母の胎内とはまったくちがったものである。それは、「家族」という原初的ないわば社会的環境と、それをとりまく大地という自然的環境、この2つの要素から成り立っている。
 人類が出現した時点から数えても、今日まで少なくとも二百数十万年もの間、人間の赤ちゃんは、子宮内の温和な環境から、突然、この2つから成る環境、すなわち原初的な社会環境である「家族」と、大地という自然的環境に産み落とされ続けてきたことになる。

 昔と変わらず今日においても、胎外に生まれ出たこの未完の素質を最初に受け入れ、「養護」する場は、ほかでもなく「家族」であり、それをとりまく大地である自然なのである。そして、どのようにでも変えうる可能性を秘めたその未熟な脳髄は、繰り返しこの「社会」と「自然」という2つの環境から豊かな刺激を受けつつ変革され、人間特有の発達を遂げながら、他の動物とは際立った特徴をもつ人間につくりあげられてきた。

 人間形成のこの2つの環境は、少なくとも二百数十万年という長い人類史の大部分の間、主として自然界の内的法則にのみ従って、基本的には大きな変容を蒙ることもなく、緩慢な流れの中にあって、時代は過ぎていった。
 ただし、原初的な社会的環境である「家族」の方が、まず先行して、ゆっくりではあるが徐々に変化の兆しを見せはじめる。

 すべての動物がそうであるように、人間も、自然とのあいだの物質代謝過程の中ではじめて、生命を維持していくことができるのであるが、人間の場合、この物質代謝過程を成立させているのが労働である。
 この人間労働は、自然を変革すると同時に、人間自身をも変革し、人間特有の脳髄の発達を促し、それが機縁に「早産」が常態化して、人間に特有な「家族」が編み出されてきた。
 すでに見てきたように、この「家族」を基盤に人間発達のその他の3つの事象、「言語」、「直立二足歩行」、「道具」が相互に密接に作用し合い連動しつつ、人間は、他の動物にはない特異な発達を遂げてきたのである。

 こうした人間特有の3つの発達事象の中でも、とりわけ「道具」の発達は、人類史を大きく塗りかえていく。ささやかな原始的石器から、高度に発達した現代の巨大技術体系に至るまで道具の発達を辿ると、生産力の爆発的ともいえる驚くべき凄まじい変化をまざまざと見せつけられる。

 その間、人類始原の自然状態から、古代奴隷制、中世封建制を経て、近代資本主義に至るまで、生産手段(土地と生産用具)の所有のあり方に注目するならば、直接生産者と生産手段との原初的結合状態から次第に分離へとむかい、ついには資本主義の成立によってはじめて、両者は完全分離の状態に達する。
 一方の極には、社会的規模での莫大な生産手段が集積し、それを私的に所有する資本家層が形成され、他方の極には、生産手段から排除され、自らの労働を商品として売る以外に生きる術(すべ)のない圧倒的多数の大群が、賃金労働者としてあらわれてくる。

 ここで注意しなければならないことは、この生産手段と直接生産者である人間との完全分離は、少なくとも二百数十万年ともいわれる人類の長い歴史から見れば、たかだか近代資本主義の成立以後の、ごく短い二、三百年の間におこった現象にすぎないということである。
 つまり、人間は、二百数十万年ともいわれる長い人類史のほとんど大部分の間を、自己のもとに生産手段を結合させた状態で、何らかの形の「家族」を基盤に、これをすぐれた労働の組織として機能させながら、自然と人間との間の物質代謝過程を維持してきた。
 その意味でも人間にとって「家族」は、自然に開かれた回路であり、自然と人間とをつなぐ接点であり続けてきたと言えよう。

「家族」はこれからも人間が人間であるために基底的な役割を果たし続ける
 こう見てくると、「家族」は、人類の歴史のほとんど全期間を通して、先にも触れたように、他の動物とはちがう、ヒトが人間として発達する重大な契機となった「言語」と「直立二足歩行」と「道具」を生み出し、かつ、それらの発達を促す母胎ともいうべき基底的で大切な役割を果たし続けてきたことが分かる。

 「家族」が直接、生産手段との結合を保っている間は、基本的には「家族」本来の機能は失われずに維持されてきた。
 生産手段と「家族」の分離が決定的になったのは、世界史的に見れば18世紀のイギリス産業革命にはじまる近代資本主義の成立期からのことであり、わが国であれば、戦後の1955年からおよそ20年間の高度経済成長期でのことであった。二百数十万年の長きにわたる人類の歴史からすれば、「家族」のこの激変は、まさにこの間の一瞬のうちの出来事であったといわなければならない。

 「未熟な新生児」を受け入れ、ヒトを人間たらしめ、さらには人間の発達を支え、それを長期にわたって保障してきた「家族」は、生産手段からの完全な乖離によって、「家族」に固有の機能を急速に衰退させ、変質を遂げていった。
 そして、今日世界を風靡している新自由主義的市場原理至上主義「拡大経済」は、さらに「家族」の変質を執拗に迫りながら、人間の発達を保障するもうひとつの場、すなわち自然をも短期間のうちに急激に悪化させ、人間のライフスタイルの人工化を根底からとどまることを知らぬ勢いでおしすすめていったのである。

 こうした「家族」の急激な変化と自然の荒廃の後にあらわれた「未熟な新生児」は、たまったものではない。「家族」と自然というこの2つの大切な受け皿を失い、人間や自然との豊かな触れあいを閉ざされたまま、一気に「世界最先端のIT社会」という大地から隔絶された虚構の世界に投げ出されるのである。この「家族」と自然の急激な変化によって、「未熟な新生児」は人間になることを阻害され、人間の「奇形化」の進行をも余儀なくされていく。

 「要諦再読―その2―」の冒頭で触れた、ドイツの動物学者ヘッケルによる「個体発生は、系統発生を繰り返す」というテーゼのもつ意味を重く受けとめるならば、人間が人間であり続けるためには、自然に根ざした「家族」が、これからも基底的な役割を果たし続けなければならないはずである。自然に根ざした「家族」がなくなった時、おそらく人間は人間ではなくなるにちがいない。

 このことは、今日、市場原理至上主義「拡大経済」が荒れ狂う中で、自然との回路を断たれた「家族」が、「家族」に固有のきめ細やかな本来の機能を失い、空洞化し、崩壊の危機に晒されているまさにその時に、子どもの世界にこれまで想像もできなかった異変が次々に発生し、深刻な社会問題を引き起こしていることから見ても、十分に頷けるであろう。
 幼い“いのち”のあまりにも大がかりな犠牲による、あってはならないこのような「社会的実験」によってでしか、「家族」のもつ根源的な役割とその意義が立証されないとするならば、それは、あまりにも残酷で恐るべき仕打ちであるというほかない。

 それにしても今や私たちは、自然が、そして「家族」がこれまで人間にとって根源的であったし、これからも人間が人間であるためには、未来永劫にわたって「家族」と自然が根源的であり続けなければならないということを、理論的にも、また今日の世界の現実からも、ようやく明らかにすることができるようになってきたのである。
 それは、「家族」が、そして「地域」が疲弊し、衰退と崩壊の一途を辿る中で、人間がズタズタに分断され、「無縁社会」の闇に呑み込まれていく今日の凄まじい現実、つまり日本社会が根っこから崩れていく姿を目の前にして、多くの人々がこのことに気づきはじめたからではないだろうか。

 今日の少子化対策問題の議論も、こうした文脈の中に位置づけて、根源的、長期的視点に立って捉え、本気で考え直すことが必要ではないだろうか。
 ウクライナ戦争や台湾有事などを口実に、莫大な予算額を実に周到具体的に提示し、軍拡大増税を国民に押しつけてくる一方、国民最大の懸案である少子化対策については、政権浮揚を狙って、“異次元の少子化対策”などと称して、財源の裏付けもないまま、空虚な提案をどさくさ紛れに連呼している。そんな政略的魂胆など、土台おかしいのである。

2023年3月3日
里山研究庵Nomad
小貫雅男・伊藤恵子

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