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「菜園家族」基調の「自然(じねん)社会」への展望 ~寄せられた幾つかの疑問に答える形で~

これまで「菜園家族」構想について、さまざまなご意見をお寄せいただいてきました。中でも、「従来の社会主義理論との違いは何か」、あるいは「社会主義の道ではだめなのか」といった疑問を持つ方もおられるようです。
そこでこれを機会に、この「構想」がめざす「自然(じねん)社会」、すなわち抗市場免疫の「菜園家族」を基調とする自律的な自然循環型共生社会への展望を、再度確認する形でお答えできればと、このたび小文 資本主義の超克は不可能なのか「菜園家族」基調の「自然社会」への展望 ―寄せられた幾つかの疑問に答える形で―(小貫雅男・伊藤恵子)をまとめました。
今、国民を置き去りに強引に進められているアベノミクスの「積極的平和主義」と、その本質を体現する「戦争法案」。戦後70年の節目にあたって、こうした企みを葬り去るためにも、未来社会のあり方、つまり近代の超克をめぐる地道な議論を通じて、「地域」の再生と非戦・平和構築の動きが、草の根から新たなうねりとなって高まっていくことを願っています。
ぜひご一読ください。

◆ こちらから全文をダウンロードできます。
「菜園家族」基調の「自然社会」への展望 ―資本主義の超克は不可能なのか―
(2015年5月21日付、PDF:390KB、A4用紙8枚分)

この小文の構成は下記の通りです。

目 次
はじめに ―この国を衰退へと追い遣った根源的な原因
「菜園家族」構想の基本となる考え
希望的観測と現実とのはざまで
未来社会を身近に引き寄せる「セクターC、F、Pの対立と依存の展開過程」
形骸化した民主主義の現状と「生産手段の再結合」
より高次のFP複合社会における生産手段の所有形態をめぐって
むすびにかえて ―本物の民主主義の復権と地域の再生

当ホームページに掲載中の小文「菜園家族」的平和主義の構築 ―憎悪と暴力の連鎖をどう断ち切るか―(小貫・伊藤、2015.3.27)および改訂版「お任せ民主主義」の終焉 ―近代の超克と主体性構築の時代へ―(小貫・伊藤、2015.3.2)の全文を併せてお読みいただければ幸いです。

「菜園家族」的平和主義の構築 ―憎悪と暴力の連鎖をどう断ち切るか―

安倍政権は、「積極的平和主義」の名のもとに、強引に憲法9条の拡大解釈をおしすすめ、その法制化を急いでいます。いよいよわが国が物質的にも精神的にも軍事化へと急傾斜していく今、強い危機感と憤りを覚えています。
 戦後70年の節目にあたって、“甦る憲法第9条” の願いを込めて、このたび小文 「菜園家族」的平和主義の構築 ―憎悪と暴力の連鎖をどう断ち切るか― (小貫雅男・伊藤恵子)をまとめました。
 この中では、憲法9条の精神を生かす具体的で現実的な道として、自衛隊の漸次解消と「防災隊」(仮称)への統合・再編という新たな提案も行っています。
 非戦・平和構築の運動の創造的展開に、ささやかながらも一つの視点を投げかけるものになればと思っています。ぜひご一読ください。

◆ こちらから全文をダウンロードできます。
「菜園家族」的平和主義の構築 ―憎悪と暴力の連鎖をどう断ち切るか―
(2015年3月27日付、PDF:411KB、A4用紙10枚分)

 この小文の構成は下記の通りです。

目 次

あらためてアルジェリア人質事件を思い起こす
日本国憲法の平和主義、それを具現化する確かな道こそが今何よりも求められている
アベノミクス主導の解釈改憲強行の歴史的暴挙
あらためて日本国憲法を素直に読みたい
アベノミクス「積極的平和主義」の内実たるや
「自衛」の名の下に戦った沖縄戦の結末は
「巨大国家の暴力」と「弱者の暴力」との連鎖をどう断ち切るか
憲法第9条の精神を生かす新たな提案
  ― 自衛隊の漸次解消と「防災隊」(仮称)への統合・再編

非戦・平和の運動に大地に根ざした新しい風を
「菜園家族」の道こそ、世界に誇る日本国憲法にいのちを吹き込む
戦後70年の節目を迎えた今、もう一度初心にかえり世界の人々に呼びかけよう

2015年3月2日に当ホームページに掲載した改訂版「お任せ民主主義」の終焉 ―近代の超克と主体性構築の時代へ―(小貫・伊藤、PDF:1,221KB、A4用紙43枚分)を併せお読みいただければ、「平和構築」に関するこの小文の本意を、さらに深いところから汲み取っていただけるのではないかと思っています。

改訂版「お任せ民主主義」の終焉 ―近代の超克と主体性構築の時代へ―

このたび、2015年1月25日に初掲載した小論 「お任せ民主主義」の終焉 ―近代の超克と主体性構築の時代へ― (小貫雅男・伊藤恵子)を3月2日付で改訂しました。
今回の改訂版では、後編 その5 「菜園家族」的平和主義の構築 ― 千里の道も一歩から を加筆し、「積極的平和主義」の名のもとに、いよいよ軍事化へと急傾斜していく今日の流れに対峙して、非戦・平和構築の新たな提案も行っています。

年明け早々、パリ新聞社襲撃事件、「イスラム国」人質事件が立て続けに起こり、世界はいよいよ混迷の度を深めています。
こうした中、アベノミクスの「成長戦略」、「地方創生」など、旧態依然たる上から目線の政策が次々と押しつけられてきます。地域や労働の現場に生きる人々の立場に立った、かつ21世紀日本のめざすべき方向を見据えた全一体的な研究と実践、それに基づく未来への展望とそこに至る具体的な道筋の探究が今ほどもとめられている時もありません。
戦後70年の節目にあたり、重大な岐路に立たされている今こそ、どこかで誰かによって自らの運命が決められてしまう「お任せ民主主義」を克服し、自らの頭で自らの道を主体的に考え行動する、そんな主権在民のあるべき姿を取り戻したい・・・。こうした思いから、今回の改訂版はまとめられています。
ご関心のある方は、ぜひご一読ください。

◆ こちらから全文をダウンロードできます。
改訂版「お任せ民主主義」の終焉―近代の超克と主体性構築の時代へ―
(2015年3月2日付、PDF:1,221KB、A4用紙43枚分)

本改訂版の構成は下記の通りです。

改訂版の構成 ―

まえがき ― 混沌から「自然(じねん)」の世界へ ―

前編 近代超克への構想 ―「菜園家族」基調の自然循環型共生社会への道
はじめに ― 今なぜ近代の超克なのか
Ⅰ ここであらためて私たち自身の現実を簡潔に確認しておきたい
Ⅱ 「菜園家族」構想の問題意識と要諦
Ⅲ 21世紀の未来社会論に欠かせない「地域研究」の理念と方法
Ⅳ 近代を超克する「菜園家族」基調の自然循環型共生社会への道(B型発展の道)
むすびにかえて ― 前編のおわりに

後編 自然循環型共生社会へのアプローチ ― 幾つかの具体的提案
―「菜園家族」基調の抗市場免疫の自律的世界へ ―

はじめに ― 今もとめられている理想への具体的道筋の探究
その1 原発のない低炭素社会への道、その究極のメカニズム
その2 戦後70年の節目に、地域社会の本当の実態把握を ― 新たなる未来の明日のために
その3 「菜園家族」じねんネットワーク(SJnet)の構築、その多彩で豊かな展開
その4 「菜園家族」じねんシンクタンク(SJTT)の創設にむけて
その5 「菜園家族」的平和主義の構築 ― 千里の道も一歩から (2015年3月2日加筆)

あとがき ― 自然(じねん)の思想を研究と実践の世界へ ―

近代超克への構想 ―「菜園家族」基調の自然循環型共生社会への道―

去る2014年9月20日(土)・21日(日)に大阪府立大学において、環境思想・教育研究会 第2回研究大会が開催され、大会第2日目には、当里山研究庵Nomadから、小貫がフォーラム「将来社会を〈農〉と環境から構想する」で報告し、伊藤が一般研究発表で報告しました。

この時の報告レジュメに大幅加筆し、このたびあらためて小論 “ 静かなるレボリューション 近代超克への構想 ―「菜園家族」基調の自然循環型共生社会への道― ” (小貫雅男・伊藤恵子、2014年11月16日)としてまとめました。ご一読ください。

◆ こちらから全文のダウンロードができます。
“ 近代超克への構想 ―「菜園家族」基調の自然循環型共生社会への道― ”
(PDF:734KB、A4用紙13枚分)

なお、目次は下記の通りです。

― 目 次 ―

はじめに ― 今なぜ近代の超克なのか
あらためてアルジェリア人質事件を思い起こす
果たして私たちの暮らし方、社会経済のあり方はこれでいいのか
迫られるパラダイムの転換 ― 大地への回帰
世界を揺るがす暴力の連鎖、それをどう断ち切るか
戦争を生まない、心豊かな「くに」 ―「菜園家族」的平和主義をめざして

Ⅰ ここであらためて私たち自身の現実を簡潔に確認しておきたい

Ⅱ 「菜園家族」構想の問題意識と要諦
私たちの生きている現代社会は、多重・重層的な階層構造を成している
近代経済学の致命的な弱点
19世紀マルクスの思想と理論の到達点、その未来社会論の限界
パラダイムの転換を阻む今日の分厚い思想的土壌、まずはこのことの自覚から
迫られる未来社会論の再構築

Ⅲ 21世紀の未来社会論に欠かせない「地域研究」の理念と方法
1)今あらためて根源的に考える ―「家族」とは一体何なのか
2)「新しい地域研究」の必要性 ―21世紀未来社会論構築のために
ここで言う「地域」とは何か
21世紀未来社会を展望する「新しい地域研究」
総合科学としての「新しい地域研究」が21世紀の未来社会論を切り拓く

Ⅳ 近代を超克する「菜園家族」基調の自然循環型共生社会への道(B型発展の道)
伝統的な“森と海を結ぶ流域地域圏”の衰退、それがもたらしたもの
修復不能に陥った深刻な矛盾
今や小手先の対症療法ではどうにもならない
「菜園家族」の創出は近代超克の究極の槓杆である

1 近代超克の「菜園家族」構想、その前提となるいくつかの定義、基礎的概念

2「菜園家族」基調の自然循環型共生社会への具体的展開
1)現代賃金労働者と生産手段(最小限度の農地・生産用具など)との「再結合」
~自然と風土に根ざした「菜園家族」の創出と「地域」の再生~
2)「菜園家族」を育むゆりかごとしての“森と海を結ぶ流域循環型地域圏”の形成
3)「菜園家族」・「匠商家族」基調のCFP複合社会とその展開過程
~資本主義セクターC(Capitalism)、家族小経営セクターF(Family)、公共的セクターP(Public)~
4)CFP複合社会の生成・発展に果たす地方自治体の役割
5)原発のない低炭素社会へ導く新たな仕組みCSSKメカニズムの創設
6)「菜園家族」構想を資本の自己増殖運動の側面から考える ~21世紀を長期展望のもとに~

むすびにかえて
1)いのちの思想を現実の世界へ ― 私たちはあまりにも自然の流れから逆行している
2)混迷の時代だからこそ見失ってはならない未来社会への展望、そこへ到達する具体的道筋の探求
3)いま私たちにもっとも欠けているものは
4)近代を超克する21世紀の草の根未来社会論 ― 混沌から調和へ

環境思想・教育研究会は、2005年に当時東京農工大学大学院教授であった尾関周二先生(現 同大学名誉教授)の研究室を拠点に発足した研究会です。詳しくは、
環境思想・教育研究会ホームページ http://environmentalthought.org/ をご覧ください。
今回の研究大会全体についての情報(プログラム・各報告の要旨など)も、上記ホームページに掲載されています。

政治的欺瞞に対峙する民衆的生活世界の再構築 ― 苦難の実践こそが活力ある変革の主体を生み出す ―

◆ こちらから全文のダウンロードもできます。
「政治的欺瞞に対峙する民衆的生活世界の再構築」(PDF:422KB、A4用紙18枚分)

– 論説 –

政治的欺瞞に対峙する
民衆的生活世界の再構築

― 苦難の実践こそが活力ある変革の主体を生み出す ―

2014年7月1日、ついに安倍内閣は、他国に対する武力攻撃の場合でも自衛隊が反撃する集団的自衛権の行使を容認するために、憲法解釈を変える閣議決定をした。直接日本への攻撃が発生していなくても、他国の戦争に参加できる国に大きく転換することになる。

そもそも憲法9条は、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄」し、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」のである。もともと戦力の保持自体を認めていないのであるから、個別的自衛権と言えども、武力の行使はできないのである。ましてや他国の戦争に加わり、武力を行使する集団的自衛権などは、憲法上論外である。このことは、憲法を虚心坦懐にそれこそ素直に読みさえすれば、子どもでも分かる道理であるはずだ。それを殊更もっともらしくあれやこれやと屁理屈を並べ立て、国民を欺くとは実に恥ずべきことではないのか。

本来憲法違反である武力による個別的自衛権を勝手な憲法解釈によって認め、不当にも既成事実を積み重ねてきた歴代内閣も、さすがに集団的自衛権の行使については、長年、憲法解釈で禁じてきた。ところが、安倍内閣はそれすらも崩し、憲法の柱である平和主義を根底から覆す解釈改憲を行ったのである。国民の命運に関わる、憲法改定に等しいこの大転換を、国民は蚊帳の外に置き、自・公与党内の密室協議という猿芝居を延々と見せつけ、果てには議論は熟したと称して強行する歴史的暴挙であった。

あとは関連法案などを小出しにして、違憲の選挙制度のもとすでに準備された虚構の絶対多数をもって国会を押し切れば済むという魂胆なのだ。こんな子ども騙しのようなことを平然とやってのける。これが首相の言う「自由と民主主義」の実態なのだ。異常としか思えない私的心情から来るファシストまがいの狭隘な自己の信念に陶酔してのことなのか、あまりにも「政治」に嘘が多すぎる。立憲主義と国民主権の破壊に直面し、多くの人々は、暗い時代への急転回に不気味さと不安を感じている。

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アベノミクスの積極的平和主義の欺瞞性 ― 対峙する「菜園家族」的平和主義 ―

◆ こちらから全文のダウンロードもできます。
「積極的平和主義の欺瞞性」(PDF:391KB、A4用紙13枚分)

– 論説 –

アベノミクスの 積極的平和主義の欺瞞性

― 対峙する「菜園家族」的平和主義 ―

アベノミクスが目論む「積極的平和主義」とは一体何なのか。この十数年来、私たちは「菜園家族」構想を考えてきたのであるが、今、欺瞞に充ち満ちたこの「積極的平和主義」なるものの台頭を前に、いよいよ「菜園家族」的平和主義を真剣に対峙しなければならない時に来ているとの思い強くしている。

今日ますます強まる反動的潮流のただ中にあって、「菜園家族」的平和主義こそが、日本国憲法が謳う「平和主義」、「基本的人権(生存権を含む)の尊重」、「主権在民」の三原則の精神をこの日本社会に具現する、今日考えられるもっとも現実的でしかも確かな方法であり、しかも未来への道筋を具体的に明示しうるものではないかと思っている。

なかんずく「平和主義」についてもう少し敷衍して述べるならば、この「菜園家族」的平和主義は、これまで人間社会に宿命的とまで思われてきた戦争への衝動を単に緩和するだけにとどまらない。「菜園家族」の社会構想では、根なし草同然となった現代賃金労働者(サラリーマン)家族に、生きるに最低限必要な生産手段(農地や生産用具など)を再び取り戻し、社会の基礎単位である家族を抗市場免疫の優れた体質に変革していく。こうして生まれる「菜園家族」が社会の基盤をあまねく構成することによって、熾烈な市場競争は社会の内部から自律的に抑制されていくことになる。資源・エネルギーおよび商品市場の地球規模での際限なき獲得競争という戦争への衝動の主要因は、こうして社会のおおもとからしだいに除去されていく。その結果、戦争への衝動はしだいに抑えられ、他者および他国との平和的共存・共生が、その社会の本質上おのずと実現されていくのではないか。

21世紀こそ、戦争のない平和な世界を実現していくためにも、人間の社会的生存形態を根本から変えることによって、18世紀産業革命以来の近代社会のあり方そのものを超克するという、こうした根源的な社会変革こそが待たれている。そうならなければ、もはや人類には未来はないであろう。
こうした主旨から、この小文を書くことにした。
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