
コラム「菜園家族 折々の語らい」(2)
コラム
菜園家族 折々の語らい(2)
平和主義、根っこの思想から問いただす
―反国民的 高市自民と維新の欺瞞の連立政権―
対米従属、屈辱の「外交」
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コラム「菜園家族 折々の語らい」(2)
(PDF:647KB、A4用紙12枚分)
戦争の本質は国家権力に煽動され、強制された民衆同士の殺し合いである
―どんな理由があろうとも、戦争は人間冒涜の究極の大罪
気候変動、新型コロナウイルス・パンデミック、そしてウクライナ戦争、ガザにおけるジェノサイドと、めまぐるしく同時多発する惨禍。この世界的複合危機、混迷の時代にあって、世論はますます近視眼的で狭隘な視野に陥っていく。
今一旦、時間と空間を広げ、少なくとも冷戦後の歴史に視座を据え、そこから今日の時代状況とこの複合的危機の性格を確認しておく必要があるのではないか。
国民の戦争と平和に対する考え方が急速に後退、麻痺する中、この機に乗じて、新聞・テレビなどマスメディアに次々に登場する「軍事専門家」と称する評論家のゲーム感覚まがいの生命軽視、人間冒涜とも言える「戦争俗論」が横行、罷り通る今、わが身を見つめ直すためにも、19世紀ロシア文学を代表する文豪トルストイが『イワンのばか』(1885年)に込めた人間と社会への深い思想、そして『俘虜記』(1948年)の作家大岡昇平が自らの実体験から深めた現代戦争と人間への透徹した思索に今一度立ち返って、考えてみることが大切ではないだろうか。
少し長くなるが、以下の5つの項目に沿って話を進めたいと思う。


