“シリーズ21世紀の未来社会(全13章)”の要諦再読―その21―

“シリーズ21世紀の未来社会(全13章)”の
要諦再読 ―その21 ―

生命系の未来社会論具現化の道 <5>
―自然界の生命進化の奥深い秩序に連動し、展開―

世界的複合危機の時代を生きる ①
―避けては通れない社会システムの根源的大転換―

――CO排出量削減の営為が即、
  古い社会(資本主義)自体の胎内で
  次代の新しい芽(「菜園家族」)の創出・育成へと
  自動的に連動する
  CSSK社会メカニズムの提起――

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要諦再読 ―その21―
“世界的複合危機の時代を生きる ①”
(PDF:668KB、A4用紙14枚分)

青地にピンク・緑・水色の葉っぱ

環境活動家17歳の少女
グレタ・トゥーンベリさんの
涙ながらの訴え。
あの清新の気は
私たち大人からは
もうとうに消え失せてしまったのであろうか。

1 気候変動とパンデミック、そしてウクライナ戦争は、果たして人間社会の進化にとってまことの試練となり得るのか

 今、世界の人々は、新型コロナウイルス・パンデミックの脅威と地球温暖化による気候変動、さらにはウクライナ戦争がもたらす人類破局の事態に直面し、この複合危機回避の重い課題を背負わされている。

 大量生産・大量浪費・大量廃棄に基づく市場原理至上主義「拡大経済」は、今や行き着くところまで行き着いた。消費拡大による「景気の好循環」の創出は、結局、資源の有限性・地球環境保全とのジレンマに陥らざるをえない矛盾を孕んでいる。今こそ、大地に根ざした素朴で精神性豊かな自然循環型共生社会(じねん社会としてのFP複合社会)への転換が切実に求められる所以である。

 そうはいっても、そのような社会は、結局、縮小再生産へと向かい、じり貧の状態へと陥っていくのではないかといった不安。あるいは、それは理想であり願望であって、実現など到底不可能であるといった諦念にも似た漠然とした思い。あるいはまた、先のない僅かばかりの温もりに訣別できず、ただただその日その日の歓楽を追い求める根深い意識などなどが、人々の心のどこかに根強くあるようだ。

世界では若者の新しい息吹が、それに引き換えわが国は
 COP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)の開催地イギリス北部のグラスゴー市内で、2021年11月6日、世界中から集った若者たちや現地市民たち10万人が、気候正義を求めるマーチに参加。風雨の中、色とりどりのプラカードを掲げて行進し、大通りを埋め尽くした。

 こうした世界の人々の声の高まりにもかかわらず、わが国における経済成長神話からの脱却、「脱成長」への国民的合意の形成は、いまだ容易ならざる状況にある。
 よく考えてみると、それも無理もないことなのかもしれない。そもそも、戦後の焼け跡の中から営々と築きあげてきた今日の「快適で豊かな生活」に長い間どっぷり浸り、すっかり馴らされてきた大方の国民にとって、それ以外の生き方などとても考えられないからなのであろう。

 新型コロナウイルス・パンデミックがやがて収束し、為政者が約束する「成長戦略」なるものによっていずれ景気が回復すれば、かつての「繁栄」も夢ではないのではないか、あるいは少なくともこれまで享受してきたライフスタイルは何とか維持できるのではないか、といった他人まかせ、「政治屋」まかせの後ろ向きで受け身の淡い期待感が、いつも心のどこかにあるようだ。

 そして何よりも恐れなければならないことは、この「拡大経済」下の私たち自身が、資本の自己増殖運動の虜となり、ついにはその狂信者にまで身を落とし、人間欲望の際限のない肥大化の果てに、隣国への恐怖と敵対心を煽られ、人間が人間を徹底して殺める、惨いとしか言いようのない戦争という名の倫理喪失の深い闇の中へと沈んでいくことなのではないか。

 だが、こうした人々の保身の姿勢に深く根ざした心情や思考を背景に形成されてきた「お任せ民主主義」も、地球生態系に不可逆的な損傷を与える無限の経済成長そのものも、今や限界に来ている。
 今から十余年前、2011年3・11東日本大震災の惨禍を体験した国民は、為政者の喧伝する「成長戦略」に惑わされ時間だけが虚しく過ぎていくうちに、いつかこの国は奈落の底に落ちていくのではないか、という危惧を感じはじめていた。
 しかしこれとて漠然とした不安にすぎないもので、そこから一歩踏み出し、自らの頭で考え、行動し、これまでとは違った自らの生き方を、さらにはこの国の社会のあり方を真剣に探ろうという積極的で前向きな姿勢には、なかなかなれなかったようだ。このことは、上から与えられた「アベノミクス」なるものに、つい最近まで幻想を抱き、皇室行事に浮かれ、懲りもせず浮き足立っていた世論の動向を見るだけでも頷けるはずだ。

 こうした中で、今日のわが国社会の行き詰まったどうしようもないこの古い体制を何とか修復し、維持しようとする財界、官僚、政界中枢の鉄のトライアングルにつながる、まさに国民の「1パーセント」にも満たない権力支配層は、戦後これまでに蓄積してきた莫大な財力を背景に、彼ら自身の「シンクタンク」を上から組織し、マスメディアをはじめ既成のあらゆる体制を総動員して、そこから繰り出す洪水のように氾濫する一方的な情報と、欺瞞に充ち満ちた政策と甘言によって国民を統治・支配してきた。これが今日までのこの国の偽らざる実態なのではないか。

倒錯した偽りの「民主主義」に対峙して、自らの草の根の思索と行動の力量を高める
 こうした戦後長きにわたる権力構造を背景に、民衆の安易な「お任せ思考」はますます助長され、しかも多くの死票を出し、民意と議席数に極端な乖離を生む「小選挙区制」のもとで、議会制民主主義は徹底的に歪められ、民主主義はついに地に堕ちてしまった。
 議会は、国民の「99パーセント」の意志をいかにも「合法的に」平然と捻じ伏せ、国民の大多数の利益とは敵対する僅か「1パーセント」を代弁する機関にまで失墜してしまったのである。これが、彼らの好んで言う「法の支配」である。
 これは、民主主義の名のもとに、しかも「合法的に」、民主主義の恐るべき歪んだ構造を私たち自らの社会の中に深く抱え込んでしまっただけではなく、本来、民衆が政治の主権者であるにもかかわらず、ひと握りの為政者を主人であるかのように錯覚するまでに、人々の精神をも根底から顚倒させてしまったのだ。

 長い苦難の道のりになるけれども、私たちは今日のこの倒錯した偽りの「民主主義」に対峙して、自らの草の根の政策を具体的に提起し、行動し得る力量を高めていくことからはじめなければならない。
 国民の圧倒的多数を占める「99パーセント」の中から英知を結集し、切磋琢磨し、自らの新たなる草の根の「菜園家族」じねんネットワークとも言うべきものを構築し、自らの進む道を切り開いていく時に来ている。
 私たちは、自らの理想を不可能だと決めつけ諦める前に、人類のあるべき崇高な理想をいかに模索し実現していくのか、自らの置かれたそれぞれの立場から、独自の方法と具体的な道筋をまず自らの頭で考え描き、行動することからはじめなければならない。
 こうした長期にわたる忍耐強い日常普段の思索の鍛錬と実践を通してはじめて、自らを覆っている諦念と虚無感は払拭され、新たな創造的思考と行動の世界が開かれていくのではないか。

 莫大な財力を背景に今日まで圧倒的多数の国民を欺き、統治してきた財界・官僚・政界ベースのまさにこの上から目線の「シンクタンク」に対峙して、今こそ身近な地域に人間同士がじかに会い、自由奔放に語り合い、切磋琢磨して互いの創造の力を高め合っていく場を生み出し、さらにはそれらを相互に結んで、全国津々浦々に分散、潜在している多彩な英知を結集する、自由で開かれたネットワークをつくり出すことが、何よりもまず必要になってきている。
 いわば無数の小さな「私塾」と、それらが主体的・自発的に連携し、自由闊達に考え実践する水平的で自律的なネットワークである。そして、その柔軟で分厚い土台の上に、草の根の民衆の研究組織「21世紀未来構想シンクタンク」とも言うべきものの構築が待たれるのである。

21世紀未来社会論の確立こそ今日の混迷と閉塞の突破口
 わが国における支配層の目に余る頽廃、そして民衆の何とも言いようのない鬱屈した状況とが相俟って、地球温暖化による気候変動と新型コロナウイルス・パンデミック、そしてウクライナ戦争がもたらす差し迫る人類破局の危機にあっても、「成長と分配の好循環」を謳い文句に、今なお根源的解決に手をこまねき、一向に前へ進もうとしない。このこと自体が私たちにとっての最大の危機なのではないか。

 まさにそれは、気候変動とパンデミック、そしてウクライナ戦争が果たして人間社会の進化にとって、まことの試練になり得るかどうかの岐路に立たされているということを意味している。つまりその成否の如何は、ひとえに私たちが、複雑で多様な、しかも変化に富む生きた現実世界の実態から妥協なく誠実に帰納する、まさに民衆の草の根の21世紀未来社会論を、私たち自身の手で練り上げ、構築できるかどうかにかかっているということでもあるのだ。

 こうした現状認識から、ここではまず、地球温暖化による気候変動に関する今日の世界の科学的知見の到達点をおさえた上で、地球温暖化・気候変動対策が国内的にも、世界的にも大きな壁にぶつかっている今、それを克服する一つの現実的、具体的かつ決定的な解決の道として、市場原理至上主義「拡大経済」に対峙する自然循環型共生社会(じねん社会としてのFP複合社会)の実現をめざす21世紀生命系の未来社会論の具現化、すなわち「菜園家族」社会構想の立場から、CSSKという新たな社会変革のメカニズムを基軸に、できる限り総括的に論を展開していきたいと思う。

 このCSSKメカニズムについては、今から15年前の2008年以来、拙著『菜園家族21 ―分かちあいの世界へ―』(コモンズ、2008年)、および『グローバル市場原理に抗する 静かなるレボリューション ―自然循環型共生社会への道―』(御茶の水書房、2013年)、そして『菜園家族の思想 ―甦る小国主義日本―』(かもがわ出版、2016年)、『気候変動とパンデミックの時代 生命系の未来社会論』(御茶の水書房、2021年)の四著および、拙論「都市と農村の高次再融合 ―気候変動と生命系の未来社会」(伊藤恵子、『日本の科学者』2022年10月号、日本科学者会議)において、既に再三にわたって提起してきたところであるが、今日の地球温暖化による気候変動の深刻化とこれに重なるパンデミックの脅威、さらにはウクライナ戦争に対する世界の人々の危機感の高まりを受け、新たな状況のもとで、差し迫った課題として今あらためてここに提言するものである。

2 今日までに到達した気候変動に関する世界の科学的知見から

 今から16年ほど前になるが、2007年の2月から5月にかけて、世界の科学者の研究成果を結集した「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)第四次評価報告書が公表された。
 「過去半世紀の気温上昇のほとんどが、人為的温室効果ガスの増加による可能性がかなり高い」こと、「平均気温が2~3℃上昇すれば、地球は重大な打撃を受ける」こと、そして、「今すぐ温室効果ガス排出量の削減に取り組み、2015年までに排出を減少方向に転じ、2050年までに半減すれば、地球温暖化の脅威を防ぐことは可能である」ことが、あらためて科学的見地から確認された。

 こうしたIPCCの報告書や科学者の警告に基づき、同2007年12月、第13回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP13)では、2020年までに先進国は、COなど温室効果ガス排出量を1990年比で25~40%削減するという中期目標と、2050年までに世界全体の排出量を半減するという長期目標が設定された。

 その後、2015年に採択されたパリ協定(2016年発効)では、世界全体の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求することとし、IPCCに対し、1.5℃の地球温暖化による影響と、そこに至る温室効果ガスの排出経路について特別報告書の作成を要請した。
 それまでは、産業革命以前と比べて、2100年の世界の平均気温上昇を2.0℃以内に収めることがめざされていたが、この1.5℃への重大な目標変更は、2.0℃の目標を達成したとしても、破滅的な社会的・経済的影響が生じ、海面上昇、水不足、生物多様性の喪失、食糧不足などを壊滅的な規模で引き起こすという現実を突きつけられてのことであった。

 近年とみに、わが国をはじめ世界各地でスーパー台風、ハリケーンによる豪雨・洪水・浸水などの水害、海面上昇による島嶼住民の壊滅的な被害、オーストラリアでの極度の空気乾燥による大規模森林火災など、これまでの想定をはるかに超える自然災害が頻発し、今や気候変動の危機は、極めて深刻な事態にまで至っている。地球温暖化が広く世界の一般の人々にも、身近な問題として感じられるようになってきた。

 気候変動によるこうした差し迫る脅威を背景に、2018年に公表されたIPCC特別報告書『1.5℃の地球温暖化』は、まさに一刻の猶予も許されない衝撃的な内容であった。これによれば、1.5℃の上限目標を達成する確率を高めようとするならば、2030年までにCOなど温室効果ガス排出量を45%削減し、2050年までに実質排出ゼロにしなければならないという。そして、気温上昇を1.5℃に抑えるためには、新たな社会とシステムへの根源的移行と変革の必要性をも示唆しているのである。

 さらに、2021年秋には、イギリス・グラスゴーでのCOP26開催直前の10月26日、国連環境計画(UNEP)は、各国が掲げる温室効果ガスの削減目標を達成しても、今世紀末には世界の平均気温が産業革命前から2.7℃上がるとする報告書を公表した。
 先にも述べたように、既に2015年採択のパリ協定では、気温上昇を「2℃よりかなり低く、できれば1.5℃」に抑えなければならないとされており、また、IPCC特別報告書では、気温上昇を2℃に抑えたとしても、熱波や洪水などの影響がきわめて深刻になることが、科学的に示されている。このUNEPの報告は、まさにCOP26直前に、厳しい現実を突きつけた恰好になったのである。

このままでは、なぜ2050年までに温室効果ガス排出量実質ゼロが不可能なのか
 これら一連の報告からも、1.5℃目標達成のために、温室効果ガス排出を2030年までに45%(2010年比)減、2050年までに実質ゼロにするということが、このままでは如何に困難であり、また、地球生態系と私たちの暮らしにもたらされる影響が如何に甚大であるかが、よく分かるはずだ。

 多岐にわたる専門分野から結集した世界の科学者たち、各界・各分野、そして多くの市民・住民の並々ならぬ努力にもかかわらず、地球温暖化による気候変動が悪化の一途を辿っているのはなぜなのか。今、正念場を迎えている。

 グラスゴーCOP26では、気候危機への世界の人々の声の高まりに押され、合意文書に「世界の平均気温の上昇を産業革命前より1.5℃に抑える努力を追求することを決意する」と明記されたものの、参加した各国首脳、とりわけ超大国アメリカと中国、そしてイギリス、フランス、ドイツ、ロシア、日本など大国の首脳の本音は、今日まで世界経済を牽引してきた自動車産業において、EV(電気自動車)化などに伴う脱炭素技術の革新を競う中で、世界市場での新たな主導権をいち早く握るとともに、世界の産業構造を根底から変え、大国間の利害を調整しながら、彼ら共通の利益を何とか確保し、生き延びることにある。

 こうした先進諸大国の政治、経済・産業支配層の意図する「グリーン」の背後には、最先端の科学技術によって、非人間的かつ反自然的な市場原理至上主義「拡大経済」、つまり資本主義システムの温存を強引にはかろうとする野望が見え隠れしている。彼らにとって共通にして最大の利益は、飽くまでも先進諸大国支配層にとって有利な新たな世界経済構造の創出なのであって、「グリーン」はそのための単なる借り物の手段に過ぎず、決して目的ではない。
 まさにそこに、一般市民・住民の素朴な環境意識との大きな乖離と対立が厳然としてあることに刮目しなければならない。これでは、さらに大規模で徹底した地球の人工化は避けられず、温暖化を食い止めるどころか、地球生態系の破壊と人間破滅の恐るべき道を辿るほかない。

 このような人間不在の不遜な経済思想の根源は、一体どこにあるのであろうか。自然観と社会観の分離を排し、両者合一の普遍的原理に立脚するならば、新たな世界が見えてくる。それは、ほかでもない、近代にとって宿命的とも言うべき資本の際限なき自己増殖運動そのものにあることが、いよいよ明らかになってくるはずだ。
 私たちは今、なかんずく18世紀イギリス産業革命以来の資本主義社会のメカニズムそのものを根源的に問い質すことによって、気候変動への対策と社会の根源的変革の両者を不可分一体のものとして統一的に捉え、人間復活の具体的で現実的な活路を見出す時に来ているのではないだろうか。

3 今日の地球温暖化対策の限界と
  いよいよ避けては通れない社会システムの根源的大転換

「経済成長」と「エコ」のジレンマ
 この十数年来、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)や主要国首脳会議(G7サミット)などの開催を契機に、科学的知見に基づく地球温暖化対策の議論が、国際的な広がりを見せながら深められるようになってきたのも事実である。

 ただしこうした議論には、際立った特徴が見受けられる。
 それは、COなど温室効果ガス排出量削減の対策が、エネルギー効率を上げる「省エネ技術」や新エネルギー技術の開発など科学技術上の問題と、経済誘導策としての排出量取引制度にもっぱら矮小化されていること。
 そして何よりも、産業革命以来の工業化社会の大量生産・大量浪費・大量廃棄型の生産のあり方と、先進国における人間の際限のない欲望と放漫なライフスタイルそのものを根源から問い直し、市場原理至上主義「拡大経済」、つまり資本主義自体の変革を通じて、エネルギー消費の総量を大幅に減少させていこうとする姿勢が、あまりにも希薄なことである。

 かねてより拙著でも指摘してきたところであるが、このままでは、いずれ遠からず「環境ビジネス」という名の新たな巨大産業が出現し、ついには21世紀型の新種の市場原理至上主義「拡大経済」が姿を変えて世界を風靡することになるのは、目に見えている。
 「エコ商品」の開発、生産、販売の熾烈な市場競争が繰り広げられ、大小さまざまな新規の「エコ商品」の生産が拡大し、国内のみならず、ついには世界市場へと展開していく。それに伴い、こうした製品の原材料の地球規模での獲得競争、つまり覇権抗争が熾烈化し、乱開発による生態系の破壊がますます進行していく。
 これでは、廃棄物や温室効果ガスを抑制するどころか、むしろ、増大させる結果に終わらざるをえないであろう。

 しかも、特に最近、憂うべき傾向として、科学技術至上主義の安易な風潮の中、科学技術への過信がますます強まっている。国民生活の隅々にまで及ぶデジタル化を基盤に、AI(人工知能)や5G(第5世代移動通信システム)によるビッグデータを駆使しての市場コントロール、自動運転車と住宅設備や家電との連結に基づく、自然から隔離され極端に人工化された一見ハイカラな巨大都市「スーパーシティ」構想の野望。
 その行き着く先には、かつての田中角栄の『日本列島改造論』(1972年)とは比較にならないほど、それをはるかに凌駕する次元での人間欲望の際限のない肥大化、市場原理至上主義のまさに末期症状とも言うべき自然生態系の破壊、国土の荒廃、極端な格差社会、そして何よりも、人心の恐るべき退廃が待ち受けている。

 地球環境の問題は、「浪費が美徳」のこの市場原理至上主義に安住していては、決して解決されることはない。なぜなら、資本主義の属性とも言うべき資本の際限なき自己増殖運動が不可避的にもたらす市場原理至上主義「拡大経済」においては、“景気回復”の方法は結局、消費拡大によって消費と生産の循環を刺激する以外になく、それは所詮“浪費”の奨励にならざるをえない宿命を背負わされているからである。
 それ故に、「21世紀は環境の時代」と言って「地球環境の保全」を声高に叫んでも、その同じ口から“浪費”を奨励しなければ立ち直れない、そんなどうしようもないジレンマに陥らざるをえないのである。

GX(グリーン・トランスフォーメーション)の陥穽
 こうした市場原理至上主義「拡大経済」、つまり資本主義そのものの根源的転換によって、これまでのライフスタイルそのものを根底から変え、人間の飽くなき欲望を抑制し、エネルギー消費の総量自体を減らそうとしないならば、温室効果ガス大幅削減の目標達成のためには原発に頼るのもやむなし、とする危険な議論に陥ってしまう。もう既に、その危険な罠に掛かってしまっている。

 2020年10月26日、菅義偉首相(当時)は、就任後初の所信表明演説の中で、2050年までに日本が温室効果ガスの排出量を全体としてゼロにするカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すと宣言した。その鍵として、次世代型太陽電池やカーボンリサイクルなどの革新的なイノベーション、省エネルギーの徹底、再生可能エネルギーの導入を挙げるとともに、「安全最優先で原子力政策を進める」とした。
 グリーン投資を普及させ、世界のグリーン産業を牽引し、「経済と環境の好循環」をつくり出す。それが大きな成長につながるとする発想。そこには、日本をはじめ世界の市民たちの気候変動および原発に対する深い危機感への共有意識もなく、従来の「拡大経済」への根源的反省は微塵も見られない。
 これでは「グリーン」の名のもとに、地球生態系の破壊がますます加速するばかりではないか。実際、菅政権(当時)の下で、新型コロナ・パンデミックのさなかにも関わらず、原発の再稼働、新増設のたくらみすら取り沙汰される始末であった。

 その後、菅政権の支持率は急落。それまでのイメージを一新するかのような「新しい資本主義」、「成長と分配の好循環」、「デジタル田園都市国家構想」などを掲げる岸田文雄氏が、2021年10月4日、新首相に就任することになった。
 しかし、岸田政権の推進する成長戦略は、本質的には安倍・菅両政権と何ら変わるところはなく、「気候変動などの地球規模の危機に備える」(2021年10月8日所信表明演説)としながらも、結局は、“浪費”を奨励しなければ立ち直ることのできない、従来型の「拡大経済」に陥らざるをえない宿命にある。

 世界を見渡すと、またもや政財界の指導層は、目先のエコなバブルを夢見て、由々しき方向に逆回転しはじめた。米投資銀行ゴールドマン・サックス出身、世界金融界の大立者マーク・カーニーらは、2021年春、「ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟」(GFANZ)なるものを発足させた。欧米、日本各国政府高官や金融業界関係者を巻き込み、世界中の投資資金を「脱炭素」に集中させるための運動を進めようとしている 。ここにも、彼らが表向きの建前の向こうに何を目指しているかが透けて見える。

 こうした時であるからこそ、先に紹介した2018年IPCC特別報告書『1.5℃の地球温暖化』の警告、そして2021年秋のグラスゴーCOP26合意文書の「世界の平均気温の上昇を産業革命前より1.5℃に抑える努力を追求する」という、事実上の新たな国際目標を真っ正面から受け止め、それを本気で行動に移そうとするならば、主権者であり草の根の生活者である私たちは、気候変動と脱温暖化をめぐるこれまでの科学的知見と国際的議論の到達点、およびその理論的、実践的成果をしっかり組み込むと同時に、より根源的な視点から、環境問題の原点に立ち返り、エネルギーと資源の浪費の元凶である資本主義そのものの変革という、いわば社会経済システムの側面を敢えて重視し、それこそ心機一転して、新たな時代にふさわしい、より包括的で多面的な、かつ実現可能な理論の構築とその実行に主体的に着手しなければならない時に来ている。

朝日新聞(2022年1月17日付)。

4 国際的目標2050年カーボンニュートラル実現完遂への具体的提案
 ―CO排出量削減と社会システムの根源的変革の統一のもと―

「菜園家族」の創出は、地球温暖化を食い止める究極の鍵
 21世紀生命系の未来社会論具現化の道である「菜園家族」社会構想では、経済成長と地球環境保全とのジレンマに陥っている今日の「温暖化対策」の限界を克服すべく、それとはまったく異なる新たな次元からその解決に迫ろうと、既にこれまでにも具体的な提案をおこなってきた。
 つまり、CO排出量削減の営為が、ただ単にその削減だけにとどまることなく、同時に即、古い社会(資本主義)自体の胎内で、次代のあるべき社会の新しい芽(「菜園家族」)の創出・育成へと自動的に連動するような、新たな社会的メカニズムCSSKの創設の提起である。

 CSSKメカニズムの内容については、以下の項目で順次、具体的に述べていくが、それに先立ち、忘れてはならない重要なことをまずおさえておきたい。
 それは、大地に根ざした自給自足度の高い、それ故に市場原理に抗する免疫力に優れた「菜園家族」の創出そのものが、実は、社会のエネルギー消費総量の大幅削減を可能にし、地球温暖化を食い止め、気候変動による地球環境の破局的危機を回避する決定的な鍵になるということである。
 と同時に、「菜園家族」の創出それ自体が、資本主義の胎内にそれに代わる次代の新しい社会システムの芽を育むことにもなるということである。やがてそれが成熟していく時、今日の市場原理至上主義の生産体系とそのライフスタイル、つまり資本主義そのものを根底から切り崩し、人類の悲願である、大地に根ざした素朴で精神性豊かな自然循環型共生社会(じねん社会としてのFP複合社会)を生み出す確かな原動力になることに刮目していただきたい。

 熾烈なグローバル市場競争のもとでは、科学・技術の発達による生産性の向上は、人間労働の軽減とゆとりある生活につながるどころか、むしろ社会は全般的労働力過剰に陥り、失業や派遣など非正規雇用をますます増大させていく。少数精鋭に絞られた正社員も、過労死・過労自殺にさえ至る長時間過密労働を強いられている。この二律背反とも言うべき根本矛盾を、どう解消していくのか。このことが、今、私たちに突きつけられている。

 一方、農山漁村に目を移せば、過疎高齢化によってその存立自体がもはや限界に達している。これはこうした地域に暮らしている当事者だけの問題に留まらず、むしろ戦後高度経済成長の過程で大地から引き離され、根なし草同然となって都市へと流れていった、圧倒的多数の賃金労働者という近代特有の人間の社会的生存形態、つまり都市住民のライフスタイルをどう変えていくのか、という国民共通の極めて重い根源的な問題でもあるのだ。

 シリーズ“21世紀の未来社会(全13章)”で縷々述べたように、この変革を可能にする肝心要の鍵は、紛れもなく都市と農村の垣根を取り払いはじめて成立する、賃金労働者と農民の深い相互理解と信頼に基づく、週休(2+α)日制の「菜園家族」型ワークシェアリング(但し1≦α≦4)である。
 わが国の国土の自然や社会的、歴史的特性、さらには経済的発展段階を踏まえた週休(2+α)日制のこの独自のワークシェアリングによって、近代の落とし子とも言うべき根なし草同然となった現代賃金労働者(サラリーマン)家族に、従来型の雇用労働を分かちあった上で、生きるに最低限必要な生産手段(農地や生産用具、家屋など)を再び取り戻すことによって、近代を超克する新しい人間の社会的生存形態「菜園家族」を創出する。
 そして、社会構造上の基礎的共同体である家族を、自ら抗市場免疫の自律的で優れた体質に変革していく。それは、「菜園家族」を基調とするCFP複合社会を経て、人類悲願の素朴で精神性豊かな自然循環型共生社会(じねん社会としてのFP複合社会)をめざす21世紀の新たな未来社会構想なのである。

 CFP複合社会の展開過程が自ずから巨大都市の分割・分散を促し、地方中小田園都市を核に、森と海を結ぶ流域循環型の自律的な地域圏(エリア)を次第に形成させていく。新たに形成されるこの森と海を結ぶ流域地域圏(エリア)社会の内実こそが、地球温暖化による気候変動を根源的に克服する、原発のない脱炭素社会を現実世界に具現するために必要不可欠な経済的・社会的土壌そのものなのであり、それはまた同時に、パンデミックを抑制し、防止する「地域」体質を創出することにもなるはずだ。

 自然循環型共生社会へのアプローチは、現実には資本主義セクターCと家族小経営(「菜園家族」)セクターF、および公共的セクターPの3つのセクターから成るCFP複合社会の生成・進化の中で展開していくのであるが、次の項目で提起するCSSKメカニズムを基軸に、さらに具体的に考えていくことにする。

原発のない脱炭素の自然循環型共生社会(FP複合社会)へ導く究極のCSSKメカニズム
 原発のない脱炭素社会、つまり本質的にエネルギーや資源の浪費とは無縁の、かつパンデミックの猛威にもめげない、しなやかで強靱な自然循環型共生社会(じねん社会としてのFP複合社会)へ導くためには、主に企業など生産部門におけるCO排出量の削減と、商業施設や公共機関や一般家庭などにおける電気・ガス・自動車ガソリンなど化石エネルギー使用量の削減を、「菜園家族」の創出・育成と連動させながら、包括的に促進するための公的機関「CO削減(C)と菜園家族(S)創出の促進(S)機構(K)」(略称CSSK)の創設が鍵になる。
 国および都道府県レベルに創設されるこの機構は、これから述べるCSSKメカニズムの基軸に据えられる。

 EUなど先進国におけるCO排出量取引制度は、設定された排出枠、すなわち許可排出量の過不足分の売買を主に企業間で行うものである。
 ここで提起する案では、こうした排出権取引と並んで、一定規模以上の企業を対象にCO排出量に応じた「炭素税」を課し、CSSKの財源に充てることになる。合わせて、企業間の排出量取引額の一定割合についても、この「炭素税」とともにCSSKの財源に移譲する。つまり、「排出量取引」と「環境税」ともいうべき「炭素税」の組み合わせによって、国内のCO排出の抑制を促すのである。

 他方、商業施設や公共機関、一般家庭などでの電気・ガス・自動車ガソリンなどの化石エネルギー使用については、事業の規模や収益、家族の構成や所得、自然条件・地理的条件や地域格差など、さまざまな条件を考慮した上で、使用量の上限を定め、それを超える使用分に対しては、累進税を課すことになる。この「環境税」も、CSSKの財源に移譲する。

 このようにCSSKは、生産部門と消費部門から移譲される、このいわば「特定財源」を有効に運用して、「菜園家族」の創出・育成とCO排出量削減のための事業を有機的に連動させ、同時併行して推進することになる。

CSSKメカニズムのもと、CFP複合社会への移行と進展を促す
 CSSKは、第一に、「菜園家族」の創出と育成を促すために、市町村に設置される農地とワーク(勤め口)のシェアリングを一体的に調整・促進する公的「農地バンク」(シリーズ“21世紀の未来社会”の第六章3節で詳述)と連携しつつ、各地域において、今述べた「CSSK特定財源」をバックに、「菜園家族」の創出と育成を目的に支援(助成金、融資などを含む)を強化していく。
 具体的には、「菜園家族」志望者への経済的支援、農業技術の指導など人材育成、「菜園家族」向けの住居家屋・農作業場や工房、農業機械・設備、圃場・農道の整備・拡充をはじめとする、いわば広い意味での「菜園家族インフラ」の総合的な支援・推進である。

 「菜園家族」へのこうした支援と併行して、前掲拙著『生命系の未来社会論』の第六章1節で触れたように、“菜園家族群落”の核となる中規模専業農家に対しては、これとは別途に、その社会的役割や機能に見合った形で、農産物の価格保障や所得補償制度を講ずることが必要になってくる。
 こうした農業技術や経験の豊かな中規模専業農家、そして古参の篤農兼業農家は、都市から移住してきた新参の若者や家族たち、あるいは、かつてふるさとの親元を離れ都会に出た帰農希望者、そして、兼業農家の後継者でありながら農業を知らない若い息子・娘に対して、営農や農業技術のこまごまとした指導・伝授を行い、新規の「菜園家族」を育成・支援していくという大切な役割も担うことになる。

 森と海を結ぶ流域地域圏(エリア)の生産基盤となる農林漁業を育てるこうした系統的で多面的な施策をすすめる中で、地方の第二次・第三次産業にも、細やかで多彩な仕事が新たに生み出され、地域経済は活性化へとむかっていく。地域密着型の新たな需要や雇用が創出され、地域は独自の特色ある自然循環型共生の発展を遂げていく。
 今日、限界集落や消滅集落が続出し、田畑や山林の荒廃が急速に進んでいる過疎・高齢化の山村でも、あるいは、後継者問題や農業経営の行き詰まりに悩み、破綻に瀕している平野部の農村でも、こうした長期展望に立った総合的な政策のもとで、週休(2+α)日制のワークシェアリングによる「菜園家族」が着実に創出・育成され、全国津々浦々へ広がりを見せていくことであろう。

 国および都道府県レベルに創設されるこのCSSKと、市町村に設立される公的「農地バンク」との連携による強力、かつきめ細やかな支援体制のもとではじめて、都市や地方の若者も、今や雇用労働者の40パーセントを占めるに至ったパートや派遣など不安定雇用に苦しんでいる非正規労働者や職を失った人々も、ひきこもりに悩む30~40代の就職氷河期世代も、脱サラを希望する人たちも、全国各地の農山漁村に移住し、それぞれの風土に適した個性豊かな「菜園家族」あるいは「匠商(しょうしょう)家族」(シリーズ“21世紀の未来社会”の第七章で詳述)を築きあげていくことになるであろう。
 根なし草同然の不安定でギスギスした生活から、大地に根ざしたいのち輝く農ある暮らしに移行するのである。やがて日本の国土は、週休(2+α)日制のワークシェアリングのもと、清新の気溢れる「菜園家族」や「匠商家族」によって埋め尽くされ、森と海を結ぶ流域地域圏(エリア)が新たに甦っていくにちがいない。

 これは、まさにCSSKメカニズムによって、いわば持続可能で理に適った「特定財源」を強力な背景に、資本主義セクターC(Capitalism)の無秩序な市場競争を抑制し、その質的変化を根底から促しつつ、同時併行的に「菜園家族」セクターF(Family)を拡大強化し、公共的セクターP(Public)の新しい役割を明確に位置づけながら、「菜園家族」を基調とするCFP複合社会への移行を確実に促進することを意味している。
 この移行は、本格的には、新しく生まれる真に民主的な地方自治体と政府のもとでこそ可能になってくる。CSSKは、全国各地の市町村レベルに創設される公的「農地バンク」との連携を緊密にしつつ、20年、30年あるいは50年という長期にわたる移行期間の全過程を支えていくことになるであろう。

 壮大な理念のもと展開されるこうした草の根の粘り強い労働運動や国民運動を背景に、全国津々浦々に、本当の意味での民主的で個性豊かな地方自治体が、徐々にではあるが着実に誕生してくるにちがいない。
 やがて、これら分厚い草の根のネットワークを基盤に形成される「民衆による、民衆のための、民衆自身の」新たな高次の議会と政府の成立によってはじめて、長年にわたる民衆の苦難の運動は、ようやく実を結び、自らの地歩を不動のものにすることができるのである。

 目先の功を焦り、あめ玉を競いばらまく類いの近視眼的、皮相な「選挙」運動の繰り返しでは、事態をますます悪化させていくばかりである。このことにこそ、今日のわが国の最大の危機があり、その危機をいっそう深めているのもまた、同調圧力に弱い私たち自身の優柔不断の根深い意識そのものにあることに気づかなければならない。

(次回 ◆要諦再読◆ ―その22― につづく)

2023年7月15日
里山研究庵Nomad
小貫雅男・伊藤恵子

「要諦再読 その21」の引用・参考文献
「1990:IPCC第一次評価報告書(FAR)の概要」環境省ホームページ
「気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)」1992年リオ・デ・ジャネイロ開催の国連環境開発会議(地球サミット)で採択、1994年発効、環境省ホームページ
IPCC編、環境庁地球環境部監修『IPCC地球温暖化第二次レポート』中央法規出版、1996年
「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」(2020年までの枠組み)1997年京都開催の第三回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、COP3)で採択、2005年発効、環境省ホームページ
IPCC編、気象庁・環境省・経済産業省監修『IPCC地球温暖化第三次レポート ―気候変化2001―』中央法規出版、2002年
文部科学省・気象庁・環境省・経済産業省訳『IPCC第四次評価報告書 気候変動2007:統合報告書 政策決定者向け要約』環境省ホームページ
環境省『IPCC第五次評価報告書の概要 ―気候変動2014:統合報告書―』2015年3版、環境省ホームページ
「パリ協定」(2020年以降の枠組み)2015年パリ開催の第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択、2016年発効、環境省ホームページ
環境省『IPCC「1.5℃特別報告書」の概要』2019年7月版、環境省ホームページ
肱岡靖明「1.5℃特別報告書のポイントと報告内容が示唆するもの ―気候変動の猛威に対し、国・自治体の“適応能力”強化を―」『地球環境研究センターニュース』2019年1月号、通巻第337号
「特集1 気候クライシス」『世界』2019年12月号、岩波書店
「特集2 大恐慌とグリーン・ニューディール」『世界』2020年6月号、岩波書店
「特集1 グリーン・リカバリー」『世界』2020年8月号、岩波書店

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