『菜園家族の思想』の書評をいただきました(評者:藤井満さん)

藤井満さん(朝日新聞紀南支局記者)から、拙著『菜園家族の思想 ―甦る小国主義日本―』(かもがわ出版、2016年10月刊)の評が届きました。当研究庵宛てのお便りとともに、以下に転載させていただきます。

小貫先生、伊藤さま
 ようやく読み終えました。
 細胞レベルの生物学からマルクス主義、クルーグマンまで、構想の大きさと幅広さにくらくらします。
 大阪都構想や「地方創生」の「上から目線」は本当にまずいですね。
 それに対抗する草の根民主主義が弱体化していることに危機感を覚えます。
 もしかしたら「菜園家族」は、民主主義再生の構想なのではないか、と思いながら読みました。
 戦後の日本人では森嶋通夫が、ウェーバーの理論をもとに「大きな理論」を描いていましたが、小貫先生と伊藤さんの構想は、GDP信仰を越えるという意味で、新しい地平を切り拓いているんですね。
 友人でつくっている本紹介のメーリングリストに書いたものを下に貼り付けておきます。

『菜園家族の思想 ―甦る小国主義日本―』を読んで

評者:藤井 満(朝日新聞紀南支局記者)

 高度成長からわずか半世紀で、多くの人々が大地から切り離され、家庭から生産や創造が失われ、都市部の家族は消費だけの存在になってしまった。それはいわば、細胞から細胞質を抜き取り、細胞核と細胞膜だけからなる「干からびた細胞」になったようなものだという。根無し草になってしまった「現代賃金労働者(サラリーマン)家族」にとって、終身雇用という農村共同体的な装いをもった「会社」がコミュニティの代替物だったが、それも21世紀になって破壊された。
 根っこを失い、未来への展望が見えなくなり、貧富の差が拡大し、極端な形のナショナリズムやポピュリズムが台頭するようになってきた。
 こんな状況を根本的に変革する社会と家族のあり方を「菜園家族」と呼ぶ。
 週休(2+α)日制によって、一般の仕事は4日以内におさめて、それ以外の3〜6日を家族とともに田畑を耕したり、ものづくりに携わったりする。ワークシェアリングすることで失業が減り、大地に根付いた自給的な仕事をすることで、生活に創造性が与えられる。食べものの自給率が高まれば、グローバル市場経済のダメージも受けにくくなる。安定した生活は、平和主義を生みだす基盤にもなる。
 敗戦直後、GHQは農地革命によって自作農を養い、安定した社会基盤を形成しようとした。だがそれは高度成長とその後の貿易自由化を通して破壊された。「菜園家族」の構想は、アメリカのニューディーラーたちが夢見た自作農社会の理想も受け継いでいるように見える。
 現代の兼業農家は「菜園家族」に近い位置にある。「賃金労働者と生産手段との再結合」をはたすことで、市場に対抗できる、自律的な人間の生存形態へと止揚することが「菜園家族」の目的だという。

 マルクスの描く未来社会は「生産手段の共有化」だった。一部の資本家が独占するのではなく、労働者が共同管理することで資本主義の矛盾を乗り越えられると考えた。だが、「上からの統治」の思想をぬぐえず、独裁体制につながっていった。評者が中米で見た「協同農場」も、事務方の官僚と、上から命令された仕事だけをこなす農業労働者を生みだしてしまっていた。労働者協同組合などの運動も、小規模な組織では機能するが、大規模になると運営が停滞することが多い。
 その原因は、家族小経営を軽視し、生産手段を人間から切り離したまま、根無し草同然の賃金労働者を土台においたことにあるという。「家族」や「個人」を軽視した「協同」は、創造性を発揮できず、画一化せざるをえないのだ。
 その点、自作農の互助組織としてのわが国の農協は、旧ソ連の国営農場や協同農場とちがって、独立自営農民の創意工夫を生かせるはずだった。だが合併をくりかえして官僚組織(事務方)が肥大化し、現場の農民の利益ではなく、組織を維持するための組織になってしまった。ただ今でも、婦人部などの活動には古き良き農協の理念が残っていることは覚えておきたい。

 個々人がバラバラでは、社会を変革することはできない。社会を変えるには、労働組合や農協、あるいはNPOといった「中間組織」が不可欠だ。でも、理念(=展望)が共有されなければ中間組織は成り立たない。中間組織を成り立たせるための「展望」として、菜園家族構想は大きな意味があるように思えた。

★ 評者の藤井満さんは、若き日にニカラグアなど中央アメリカ諸国を旅し、1990年に朝日新聞に入社。島根(松江)、愛媛(松山)、石川(能登)等々の支局に勤務。その土地土地の自然とそこに根ざして生きる人々の織り成す暮らしや文化、それらを守る奮闘に心からの敬意を払って取材し、掘り起こしてこられました。その成果は、『石鎚を守った男 ―峰雲行男の足跡』(創風社出版、2006年)、『消える村 生き残るムラ ―市町村合併にゆれる山村』(アットワークス、2006年)、『能登の里人ものがたり ―世界農業遺産の里山里海から』(アットワークス、2015年)、『北陸の海辺 自転車紀行 ―北前船の記憶を求めて』(あっぷる出版社、2016年)にまとめられています。その一つ一つの文章に、地域の歴史や豊かな食文化となりわい、そして深くあたたかい人情が溢れています。