論説・エッセイなど」カテゴリーアーカイブ

連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その5)

連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の終了にあたり
≪総括にかえて≫
“高次自然社会への道”(その5)
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の
≪総括にかえて≫ “高次自然社会への道”(その5)
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人間の頭(銅版画調・カラー)

5 特異な発達を遂げたヒトの脳髄
 ―“諸刃の剣”とも言うべきその宿命―

「道具」の発達と生産力の爆発的な発展 ―ヒトの脳髄、大自然界からの皮肉な贈り物
 既に見てきたように、「常態化された早産」によってこの世に現れた、脳髄の未成熟な「頼りない能なし」であるヒトの新生児は、長期にわたる「家族」の緊密な庇護のもとに成長する。どのようにも変えうる可能性を秘めたこの未成熟で柔らかな脳髄は、「家族」といういわば原初的社会の刺激を繰り返し受けつつ、他の哺乳類には見られない、人間に特有な異常な発達を遂げていく。
 この「家族」を基盤に、人間発達のその他の3つの事象、すなわち「言語」、「直立二足歩行」、「道具」が相互に緊密に作用し合い、連動しつつ、人間の脳髄のさらなる発達を促していく。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その4)

連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の終了にあたり
≪総括にかえて≫
“高次自然社会への道”(その4)
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―

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半馬・半女の幻獣(銅版画調・モノクロ)

4 「家族」の衰退と社会の根源的危機
 ―「道具」の発達と連動して―

人間に特有な「道具」の発達が人類史を大きく塗り替えた
 受精卵の子宮壁への着床から成人に至る人間の個体発生の過程は、人類が出現して以来、これまでも繰り返されてきたし、これからも永遠に繰り返されていくであろう。
 だとすれば、「常態化された早産」によってあらわれる脳の未成熟な「たよりない能なし」の新生児も、これから先も永遠に繰り返されて、母胎の外にあらわれてくることになるであろう。

 子宮内の変化の少ない温和な環境から、突然外界にあらわれた新生児の新たな環境は、母の胎内とはまったくちがったものである。それは、「家族」という原初的ないわば社会的環境と、それをとりまく大地という自然的環境、この2つの要素から成り立っている。
 人類が出現した時点から数えても、今日まで少なくとも二百数十万年もの間、人間の赤ちゃんは、子宮内の温和な環境から、突然、この2つから成る環境、すなわち原初的な社会環境である「家族」と、大地という自然的環境に産み落とされ続けてきたことになる。

 昔と変わらず今日においても、胎外に生まれ出たこの未完の素質を最初に受け入れ、「養護」する場は、ほかでもなく「家族」であり、それをとりまく大地である自然なのである。そして、どのようにでも変えうる可能性を秘めたその未熟な脳髄は、繰り返しこの「社会」と「自然」という2つの環境から豊かな刺激を受けつつ変革され、人間特有の発達を遂げながら、他の動物とは際立った特徴をもつ人間につくりあげられてきた。

 人間形成のこの2つの環境は、少なくとも二百数十万年という長い人類史の大部分の間、主として自然界の内的法則にのみ従って、基本的には大きな変容を蒙ることもなく、緩慢な流れの中にあって、時代は過ぎていった。
 ただし、原初的な社会的環境である「家族」の方が、まず先行して、ゆっくりではあるが徐々に変化の兆しを見せはじめる。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その3)

連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の終了にあたり
≪総括にかえて≫
“高次自然社会への道”(その3)
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―

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フクロウ(銅版画調)

「家族」評価の歴史的経緯をめぐって

岸田首相が打ち出した「異次元の少子化対策」が
今、国会でにわかに取り沙汰されている。
 しかし、根源的視点が抜け落ちたまま
 議論が進行していると言わざるを得ない。
     (a)
これまで「家族」については
歴史的に実にさまざまな評価が
なされてきた経緯がある。
 特に近代に入ってもその否定的評価は根強く
 さまざまな問題を引き起こしている。
 旧統一教会や自民党に根強い
 古色蒼然たる家父長的家族観なども
 その典型と言えよう。

19世紀前半のロバート・オウエンに代表される
いわゆる空想的社会主義者たちや
その後19世紀のいわゆる科学的社会主義者たちの間でも
「家族」に対する評価はまちまちで
一概に極めて低く、否定的にしか扱われてこなかった。
中には、根強い復古的心情から
中世の家父長的家族への回帰を主張する論者もいた。

 いずれにしても
 未来社会論との関連では
 「家族」への考察と評価は
 十分に深められることはなかったと言えよう。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その2)

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“高次自然社会への道”(その2)
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2 今こそ近代のパラダイムを転換する
 ―生命本位史観に立脚した21世紀未来社会論―

自然界の生成・進化の普遍的原理と21世紀未来社会
 さて、「菜園家族」社会構想を現実のものにするためには、「菜園家族」形成のゆりかごとも言うべき森と海を結ぶ流域地域圏(エリア)内に、週休(2+α)日制の「菜園家族」型ワークシェアリング(但し1≦α≦4)を制度的に確立することが鍵となる。

 ここでは、その重要性を、宇宙、つまり大自然界における物質的世界と生命世界の生成・進化のあらゆる現象を貫く、自然の摂理とも言うべき「適応・調整」(=自己組織化)の普遍的原理 に照らして考えてみよう。

図2-1 動物細胞の模式図
図2-1 動物細胞の模式図
(注)核・・・細胞活動をコントロール。染色体のDNAは遺伝子の本体。細胞膜・・・必要な物質を選択的に透過。エネルギーを使った能動輸送。細胞質基質・・・代謝・エネルギー代謝の場。中心体・・・細胞分裂に関与。ミトコンドリア・・・好気呼吸とATP生産の場。リボゾーム・・・タンパク質合成の場。リソゾーム・・・消化酵素の存在。ゴルジ体・・・分泌に関与。小胞体・・・物質輸送の通路。
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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の総括にかえて “高次自然社会への道”(その1)

 2023年11月からスタートした連載「希望の明日へ ―個別具体の中のリアルな真実―」の終了にあたり、その総括にかえて、今回から“高次自然社会への道”(その1)~(その8)を順次、掲載していきます。
 連載「希望の明日へ」の各章で提起された個別具体的な課題を、この遠大な未来への総路線の中にどう位置づけるのか、再度ご検討いただく中で、さらなる高次の理論への展開の可能性が開かれてくるのではないかと期待しています。
 この≪総括にかえて≫のシリーズを通して、さらなる探究の深化と、現実世界の「地域」におけるこの理念の具現化の道が、着実に開かれていくことを願っています。

連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」の終了にあたり
≪総括にかえて≫
“高次自然社会への道”(その1)
―自然との再融合、原初的「共感能力」(慈しむ心)再建の可能性―

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≪総括にかえて≫ “高次自然社会への道”(その1)
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星空と木

民衆の生活世界を築く ―腐り切ったわが国の「政治」を超えて

21世紀における
資本主義超克の
人間復活のレボリューション。
     (a) 
 根なし草同然の賃金労働者と
 生産手段との「再結合」による
 抗市場免疫の「菜園家族」を基軸に展開する
 民衆の生活世界の構築
 菜園家族レボリューション。
     (b)
広大無窮の自然界を母胎に
生成・進化を遂げてきた人間社会。

 自然界と人間社会両者を貫く生成・進化の
 元来あるべき「適応・調整」(「自己組織化」)の普遍的原理からの
 決定的逸脱の行き着く先。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」エピローグ(その2)

新企画連載
希望の明日へ
―個別具体の中のリアルな真実―

エピローグ 分かちあいの世界へ(その2)

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エピローグ 分かちあいの世界へ(その2)
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ベージュの地に緑・黄緑・薄茶・黒色の葉っぱ

まことの「自立と共生」をめざして
 天才的喜劇役者であり、20世紀最大の映画監督であるチャップリンは、映画『モダン・タイムス』(1936年)のなかで何を描こうとしたのでしょうか。今あらためて考えさせられます。
 1929年にニューヨークから発した世界大恐慌のさなか、冷酷無惨な資本主義のメカニズムによって掃き捨てられ、ズタズタにされる労働者の姿を、チャップリンは臆することなく、時代の最大の課題として真っ向から受け止めました。

 ラストシーンは、この映画の圧巻です。使い古された雑巾のように捨てられ、放心状態のチャップリン扮する労働者が、非情の都会に浮浪する少女とともに、喧騒の大都会を背に、丘を越え、前方に広がる田園風景のなかへと消えていきます。
 このシーンは、90年が経った今なお、21世紀の人類に行くべき道を暗示しているかのようです。社会の底辺に生きる人間へのあたたかい視線と、慧眼としか言いようのない未来への洞察力に、ただただ驚嘆するばかりです。

 近年、次々に飛び出してきては世に流布する新語。パート、フリーター、派遣労働、非正規労働者、請負会社。どれひとつとっても、新たな装いを凝らしてはいるものの、これほど人間を愚弄し、家畜同然、機械の部品同然におとしめる代物(しろもの)はありません。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」エピローグ(その1)

新企画連載
希望の明日へ
―個別具体の中のリアルな真実―

エピローグ 分かちあいの世界へ(その1)

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エピローグ 分かちあいの世界へ(その1)
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青地にピンク・緑・水色の葉っぱ

苦難の道を越えて

 いのち削り、心病む、終わりなき市場競争。
 アメリカ型「拡大経済」日本に
 はたして未来はあるのでしょうか?
 いのち輝く
 「週休5日制」の自然融合の生活世界。
 21世紀、人びとは、素朴な精神世界への回帰と止揚(レボリューション)
 壮大な人間復活の道を歩みはじめるのです。

 これは、拙著『菜園家族物語 ―子どもに伝える未来への夢―』(日本経済評論社、2006年)を刊行したとき、帯に記した一文です。「壮大な人間復活の道」とは、この本で明示した人類究極の到達すべき目標である、人類始原の自然状態への回帰と止揚(レボリューション)、すなわち「高次自然社会」への道を指しています。

 とくに19世紀以降、私たち人類は、資本主義を克服し、その次に来(きた)るべき理想の姿を、「社会主義」に求めてきました。もちろん、すべての人がそう考えていたわけではありません。しかし、世界の多くの人びとは、それを否定的に捉えるにしても、あるいはそれを歓迎しないにしても、無意識のなかで、あるいは暗黙のうちに、その到来を漠然と予感していたことは間違いありません。

 このようなこと言うと、20世紀の前半を経験していない若い世代からは、驚きの声があがるでしょう。けれども、世界にはそんな一時期が確かにありました。
 しかし、少しずつ伝わってくる現実の「社会主義」体制の内実に、人びとは不審を抱きはじめます。そして、、ついに1990年代初頭、「社会主義」体制そのものが崩壊するなかで、それを目の当たりにした人びとの心のなかからは、資本主義に代わる理想のあるべき社会の模索といった観念は一気に消え失せていきました。
 こうして、ただただ目先の功利のみを追い求める時代の到来とともに、人類の到達すべき理想の社会などは、語るのも虚しく、気恥ずかしくさえ思う時代へと変わったのです。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」第5章(その2)

新企画連載
希望の明日へ
―個別具体の中のリアルな真実―

第5章 “菜園家族 山の学校” その未来への夢(その2)

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」
第5章 “菜園家族 山の学校” その未来への夢(その2)
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4 諦念に沈む限界集落

 しかし、現実は、そう生易しいものではありません。
 “菜園家族 山の学校”の拠点となる大君ヶ畑(おじがはた)は、四十数戸(2008年)からなる、近世江戸時代の“村”を継承する伝統ある古い集落です。
 原初的な山岳信仰から生まれ、風雲を支配するという八大竜王が祀(まつ)られている白山神社と、浄土真宗の妙玄寺、宗願寺という2つのお寺があり、村の人びとは、四季折々の伝統行事を行ってきました。

写真5-4 白山神社「三季の講」秋の例祭(2001年9月)
白山神社の「三季の講」の秋の例祭(2001年9月)
「三季の講」を支える若衆集団は、村落構造の中心的役割を担ってきた。少なくとも近世以来続いてきたこの例祭も、若者の急速な減少によって、2005年秋を最後にその正式な形態は途絶えた。

 ところが、過疎・高齢化が急速にすすみ、白山神社の行事である「三季の講」や、御池岳への雨乞い踊り「かんこ踊り」すら、主役となるべき青年や子どもたちがいなくなり、継続が困難になっています。
 この集落を含む広大な鈴鹿山脈の森林地帯と、犬上川上流域の清流に恵まれた渓谷一帯をいかに再生させていくかは、地域の人びとにとって喫緊の課題ですが、現状ではあまりにも気の遠くなる難題であるといわざるをえません。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」第5章(その1)

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希望の明日へ
―個別具体の中のリアルな真実―

第5章 “菜園家族 山の学校” その未来への夢(その1)

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第5章 “菜園家族 山の学校” その未来への夢(その1)
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写真5-3 おじがはた保育園
おじがはた保育園
中央が保育園舎、右端が体育館。校庭はこの奥に広がる。手前を流れるのは犬上川北流

1 “めだかの学校” を取り戻す

  めだかの学校

 作詞/茶木 滋  作曲/中田喜直

めだかの学校は 川のなか
そっとのぞいて みてごらん
そっとのぞいて みてごらん
みんなでおゆうぎ しているよ

めだかの学校の めだかたち
だれが生徒か 先生か
だれが生徒か 先生か
みんなでげんきに あそんでる

めだかの学校は うれしそう
水にながれて つーいつい
水にながれて つーいつい
みんながそろって つーいつい

(1951年、NHKラジオ「幼児の時間」で放送)

“めだかの学校”は、作詞者の茶木滋が、終戦直後の春、疎開先の小田原で幼い息子と買い出しの途中、荻窪用水のほとりで見た情景と、2人で交わした会話をもとに、うたったものといわれています。

 21世紀、混迷のなかから、私たちが、そして世界が探し求めているものは、エコロジーの深い思想に根ざした本物の自然循環型共生社会への確かな糸口です。その意味でも、“菜園家族 山の学校”は、一地方のささやかな試みではあっても、その夢は大きいといわなければなりません。

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連載「希望の明日へ―個別具体の中のリアルな真実―」第4章(その2)

新企画連載
希望の明日へ
―個別具体の中のリアルな真実―

「お任せ民主主義」は諸悪の根源である

政治資金パーティー裏金問題に端を発し
政治権力の底知れぬ構造的腐敗
権力のまさしく本質が
ようやく国民の目にさらけ出されつつある。

 政治家は欺瞞に充ち満ちた
 「選挙」という実に卑小な枠組みに
 すっかり取り付かれ
 私利私欲に走り、保身をはかる
 ついには、骨の髄まで腐り切っていく。

それを許してきた温床は
まさしく戦後長きにわたって
「お任せ民主主義」に安住し
主体性を失い
ますます内向きになっていく
国民の脆弱な意識そのものではなかったのか。

 今、この恐るべき現実を突き付けられ
 こんな筈ではなかったと
 やっと気づきはじめたのかもしれない。

だが、驚くべきことに
当の政治家自身が
そもそも道義的にも失ったはずの「議席」に居座り
平然と権力を温存し、勝手気ままに
生き残ろうと画策している始末なのだ。

 この現実はあまりにも根深い
 だから、今度こそは騙されてはならない。

結局それは、心の奥底から掘り起こす
私たち自身のまさに意識の大転換でなければならないのだ。

 生命系の未来社会論具現化の道としての
 「菜園家族」社会構想の根底には
 人びとの心に脈々と受け継がれてきた
 大地への回帰と止揚(レボリューション)という
 民衆の揺るぎない歴史思想の水脈が
 深く静かに息づいている。

まさにこの民衆思想が
冷酷無惨なグローバル市場に対峙し
大地に根ざした
素朴で精神性豊かな生活世界への
新たな局面を切り拓くであろう。

 世界は変わる
 人が大地に生きる限り。

第4章  地域再生に果たす国と地方自治体の役割(その2)

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第4章 地域再生に果たす国と地方自治体の役割(その2)
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青色の線・水色の三角パネルの幾何学模様

3 新しい地域金融システムと交通システムの確立

 森と海(湖)を結ぶ流域地域圏(エリア)が相対的に自立度の高い経済圏として成立するためには、どのような前提が必要になるかを、もう少し考えてみましょう。
 長期的展望に立った流域地域圏(エリア)の基本構想を立案し、それを計画的に実行していくためには、後述する森と海(湖)を結ぶ流域地域圏(エリア)自治体(郡)ともいうべき体制を整える必要があります。
 そして、今日の税制のあり方を抜本的に改革した地方自治体の財政自治権を確立することが不可欠の課題です。

 その上で、国および都道府県レベルに創設される公的機関「CO削減(C)と菜園家族(S)創出の促進(S)機構(K)」(略称CSSK)との連携を強化しつつ、流域地域圏(エリア)自治体(郡)が自らの判断で、「菜園家族インフラ」への的確な公共投資を計画的に行えるような、地域政策投資のシステムを確立しなければなりません。

 また、相対的に自立度の高い経済圏が成立するためには、流域地域圏(エリア)内でのモノやカネやヒトの流通・交流の循環の持続的な成立が大切です。そのためには、流域地域圏(エリア)内での生産と消費の自給自足度、つまり「地産地消」の水準が、可能な限り高められなければなりません。

 そして、地域融資・地域投資の新しい形態として、土地とか建物を担保にしてお金を貸す従来型のバンクではなく、事業性や地域への貢献度から判断してお金を貸す、本当の意味でのコミュニティ・バンクの創設が肝心です。
 そして、地域通貨を導入するなど、自律的な小経済圏を支える独自の経済システムを整えていく必要があります。

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