“シリーズ21世紀の未来社会(全13章)”の要諦再読―その14―

“シリーズ21世紀の未来社会(全13章)”の
要諦再読 ―その14 ―

人類の歴史を貫く民衆の根源的思想
―ヒトの原初的「共感能力」の発揚―

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要諦再読 ―その14―
“人類の歴史を貫く民衆の根源的思想”
(PDF:393KB、A4用紙3枚分)

葉っぱと花と実(黒色の地に緑・赤)

近代に先立って現れた民衆の自然権的共産主義の先駆的思想
 イギリス産業革命が進行し、近代資本主義が形成される中で生まれてきたロバート・オウエンなどのいわゆる空想的社会主義といわれる一連の思想や、今日では高校の教科書にも記述されている社会主義とか共産主義という用語の根底に流れる思想は、はたして近代に限られた近代の産物であったのであろうか。決してそうではない。
 それは、近代以前の古き時代から人類史の中に脈々として伝えられ、人々の心を動かし、時には民衆による支配層への激しい抵抗や闘いをよびおこし支えてきた、根源的な思潮ともいえる。
 それは、私利私欲に走るあさましさ、人間が人間を支配する不公正さ、抑圧される人々の貧困や悲惨さへの憤りに発する思想でもあり、人間の協同と調和と自由に彩られた生活を理想とする人類の根源的な悲願でもあり、したがって、おのずから繰り返し生まれてくる思潮にほかならない。

 キリスト教も「貧しきものは幸いなり」とし、私利私欲を堕落とみなし、少なくともその初期には、共有財産による共産主義的教団生活を理想としていた。中世においても、キリスト教の教父たちやスコラ哲学の信奉者たちの中には、人類始原の自然状態における人々の自然権は、私有財産による貧富の差別をともなわず、すべてのものの共有にもとづく公正で自由で平等な生活を実現するものであったと考え、この理想的自然状態を、私有財産成立後の人間の腐敗堕落の状態と対比して発想する人たちが、少なからずいた。

 こうした思潮の伝統は、中世末期から、農民一揆を支える思想として、現実的な影響力を示していた。神や仏の前に、人間は本来、平等であり、財産や身分による差別は不当であり、来世での救済だけではなく、この世においても公正で共同的な生活を実現する世直しがなされなければならないという思想は、ヨーロッパだけではなく、世界各地の宗教の内にあらわれ、時には激しい農民の一揆や反乱を支えた。

 日本でも、15世紀後半から100年にもおよび、近畿・北陸・東海に広がった浄土真宗門徒による一向一揆、さらには、江戸時代を通じて各地に展開した農民一揆などに、こうした思想が色濃く認められる。
 江戸中期に『自然真営道』を著した安藤昌益(1703~1762)は、自然の営みと「直耕」の人々の生産活動を基本として、共有、皆労、平等の共同生活を「自然世(じねんのよ)」として実現することを呼びかけている 。彼の考えは自然生的ではあるけれども、世界史的にも先駆的で独創的な共産主義思想に到達したものであるとして、評価されている。

人類の歴史は民衆の心に根ざす自然権的思潮の終わりのない「否定の否定」の弁証法
 近代に先だってあらわれた、これらの先駆的な自然権的共産主義思想は、おおくの場合、人類始原の自然状態における、差別や抑圧のない共同的で平等な生活を理想とする見地に立っていた。このような見地から、私有財産とそれをめぐる私利私欲は、身分的な支配隷属関係とともに、人間の腐敗や堕落をもたらすものとして、批判されている。

 現存社会の荒廃や抑圧や不公正が、人間の本来あるべき原初の姿と対比して、不自然で歪んだ社会状態であると批判するこの思想は、人間の根源に根ざす普遍的な思想であるだけに、今日までたえず繰り返しあらわれてきたし、これからも繰り返しあらわれてくるにちがいない。そして、その自然権的思潮は、その時代時代の社会と思想の到達水準に照応した新たな内容を盛り込み、新しい形式をととのえて再生されることになる。

 太古の人間社会の共有、平等、自由の自然状態を歪めてきたものは、何であり、誰であるのかの疑念が深まれば深まるほど、やがてその考えが科学に転化していくのは、自然の成り行きでもあった。商品経済による有産階層の権利を自然視する啓蒙主義的思想で代替して済まされるものではなかったのである。むしろ、人間に本来的な基本的人権とは何か、自然と人間、人間と人間との関係を律すべき根源的な原則とはいかなるものなのか、資本主義的商品経済のもとでの人間の疎外や自然の荒廃の原因は何なのか、その究明へとむかっていくのである。

 19世紀、マルクスやエンゲルスたちの新たな思想とその理論も、まさしくこうした人類史の基底に脈々として流れる自然権にもとづく民衆の根源的な思想を受け継ぎ、さらに19世紀30年代以降のイギリス資本主義の新たな発展と、それに内在する対立・矛盾とを組み込む形で、必然的にあらわれてきたものであると言わなければならない。

 それから200年近くが経った。私たちに今、問われているのは、21世紀の今日の世界とわが国の新たな時代状況の中で、そこに内在する新たな対立と矛盾を組み込みながら、如何にして私たち自身の思想と理論を高次の段階へと発展させていくのかという、人類史を貫く民衆共通の根源的願いに連なる課題そのものなのである。
 「否定の否定」の弁証法は、今日のこの時点で途絶えるはずがない。これからも繰り返されていくであろう。その停止は、世界の死を意味するのである。

シリーズ“21世紀の未来社会(全13章)”の第十二章「高次自然社会への道」https://www.satoken-nomad.com/archives/1988の2節の項目「自然観と社会観の分離を排し、両者合一の思想を社会変革のすべての基礎におく」で詳述。

2023年5月26日
里山研究庵Nomad
小貫雅男・伊藤恵子

「要諦再読 その14」の引用・参考文献
金谷治『老子 ―無知無欲のすすめ―』講談社学術文庫、1997年
安藤昌益「稿本 自然真営道」『安藤昌益全集』(第一巻~第七巻)、農山漁村文化協会、1982~1983年
柳田國男『明治大正史 世相篇』講談社学術文庫、1993年
ロバート・オウエン『ラナーク州への報告』未来社、1970年
マルクス、訳・解説 手島正毅『資本主義的生産に先行する諸形態』国民文庫、1970年
マルクス『資本論』(一)~(九)岩波文庫、1970年
ウィリアム・モリス、訳・解説 松村達雄『ユートピアだより』岩波文庫、1968年
A・チャヤーノフ『農民ユートピア国旅行記』晶文社、1984年
カール・ポラニー 著、吉沢英成・野口建彦・長尾史郎・杉村芳美 訳『大転換 ―市場社会の形成と崩壊―』東洋経済新報社、1975年

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