菜園家族じねんネットワーク日本列島Facebookページの掲載記事(2021.10.4)

 2021年10月4日に、菜園家族じねんネットワーク日本列島Facebookページhttps://www.facebook.com/saienkazoku.jinen.network/に掲載した記事を、以下に転載します。

鈴鹿山中・大君ヶ畑集落を流れる犬上川(北流)
鈴鹿山中を発し、山深い大君ヶ畑集落を流れる犬上川北流。やがて彦根市街を貫流し、琵琶湖に注ぐ。

 Facebookページの最初のご投稿は、ぜひ、地元の森と湖を結ぶ流域地域圏からこの方にと、準備をはじめた当初から、思い定めていた人がいます。

 鈴鹿山中を源に琵琶湖に注ぐ犬上川と芹川。この流域地域圏の中核都市、彦根。
 今から25年ほど前、この湖畔の城下町に来て間もない頃、土地ならではの味覚と人との出会いを求めて立ち寄ったのが、商店街の一角、昔懐かしい映画劇場の隣に佇む小さなスタンド割烹のお店でした。

 年季の入った腕前の老大将と、どっしりとした女将さん、そしてその一人息子の若い板前さんが、ホンモロコやコアユなど、季節季節の風土の素材を、実に丁寧に振る舞って下さるのでした。

 大将は1935年生まれ、京都の日本海沿いの小さな漁村のご出身で、若い頃、京都市内での板前修行の後、独立して自分の店を構えるために、彦根に来ることになったそうです。
 当時としては汽車に揺られての長き旅路、ついに日も暮れ、まだかまだかと途中で降り立ったのが野洲駅。周囲は田んぼばかりで真っ暗な闇の中、まだ半分の地点と知り、女将さんは、乳飲み子だった息子さんを抱いて、これから先どうなるのか、にわかに心細くなったんですよと、語って下さいました。

 そんなご家族のあたたかな人柄に惹かれ、折々にお訪ねしていましたが、犬上川・芹川最上流、鈴鹿山中の奥山に里山研究庵を定めてからは、いつしか足も遠のいてしまいました。
 それでも毎月初めに必ず、息子さんからお葉書が届きました。
 お得意様たちに宛てて出されたそのお葉書には、短い中にも、心に深く響くことばが綴られており、毎回、唸らされる思いがするのでした。

 初秋、Facebookページの準備も大詰めを迎え、いざご連絡を取ろうと、インターネットで調べたところ、「2018年6月30日をもって閉店しました」との記載。ただただ呆然とするばかりでした。
 手元に残るこれまでのお葉書の束をあらためて読み直し、その中から2つをここにご紹介することにしました。そこに込められた思いは、10年ほどが経った今に不思議なほど重なって、胸に響いてきます。

◇美しい100◇
 正の10を10個集めると100になる。
 負の10同士を掛けても100になる。
 「答えは同じでも、正を積み重ねた100は蔭翳が無い」(歌人 塚本邦雄)
 悔いの種をまき散らして人は生きていく。誰しもが悔恨あっての、負数あっての人生です。未曾有の就職氷河期、新しいスタートを切る若者と共に、自戒を込めて噛み締める言葉です。心の傷から血の噴き出す経験をした人だけが、負の蔭翳を身に刻んだ100となる。美しい100である。
割烹 うめだ(2011.2.28消印)

※ 塚本邦雄(1920~2005)は、滋賀県神崎郡南五個荘村(現東近江市)生まれ。歌人、詩人、評論家、小説家。

◇春 到来◇
 先日亡くなった詩人、吉野弘に「生命は」という作品がある。<生命は自分自身だけでは完結できないようにつくられているらしい>で始まり、花が受粉し実を結ぶのに、風や昆虫の助けを借りると描き、<私もあるとき、誰かのための虻だったろう><あなたもあるとき、私のための風だったかもしれない>で終わる。
 長いめしべと短いおしべ。簡単に受精出来ない花の形。吉野は言う。「生命の自己完結を阻む<自然の意志>を感じる」「常に好ましいわけでなく、時に疎ましい他者。そんな他者に、自己の欠如を埋めてもらうのが人間なのだ」
 グローバル化した国際社会。国家間にも虻や風が必要なのかもしれません。
 厳しい寒さが過ぎ、命が芽吹く季節です。私共の料理も、皆様の「風」で、足らずを埋めて頂けますように。
割烹 うめだ(2014.4.3消印)

※ 吉野弘(1926~2014)は、山形県酒田市生まれの詩人。

 これからはじまる新プロジェクト“菜園家族じねんネットワーク日本列島”。この2つの葉書に込められた思いを心の大切な拠り所にしていきたいと、あらためて噛み締めているところです。
 列島各地からの彩り豊かなご投稿をお待ちしています。時には、ぴりりと効いた時評や論評も、ぜひお願いします。

(2021.10.4 里山研究庵Nomad 小貫・伊藤)

新プロジェクトの趣意書(全文)― 投稿要領などを含む ― は、こちらに掲載