新プロジェクト“菜園家族じねんネットワーク日本列島”趣意書(全文)

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”菜園家族じねんネットワーク日本列島”趣意書
(全文、PDF:520KB、A4用紙5枚分)

【新プロジェクト趣意書(全文)】

気候変動とパンデミックを超えて
確かな未来へ

      森と海を結ぶ

菜園家族じねんネットワーク日本列島
(略称:プロジェクト“菜園家族じねんネット”)

―― 草の根の英知の結集と切磋琢磨、そして民衆連帯の形成 ――

 目先の利得に囚われ、長年、「その場凌ぎ」にすっかり慣らされてきた近視の目には、遠景は霞み、歪み、果てには見えなくなる。遠方に広がる無限の可能性、豊かな多様性はいつしか見過ごされてしまう。
 打つ手打つ手のすべてが、後手後手になる。その最大の原因は、まさにこのことにある。
 私たちは一旦、そこから離れ、はるか遠い世界に目を遣り、じっくり考え、長期ビジョンのもとに、新たな世界へ挑む決断と勇気を持たなければならない。今まさに、その時に来ているのではないか。

 2021年夏、新型コロナウイルス・パンデミックの異常事態のさなか、「アスリート・ファースト」の触れ込みよろしく、感染拡大抑制とは真逆に、遮二無二まさに上から強行された東京2020五輪。人々は浮き足立ち、事の本質を見失い、民意は一気に掻き乱され、いよいよ混迷の度を深めていく。この際、権力的為政者の作意による「アスリート・ファースト」ではない、本来あるべきその意味をあらためて考え直す時に来ている。
 アスリート彼ら彼女たちが生涯を賭けてひたむきに努力してきたその姿そのものが、勝敗にこだわることなく、素直にすべての人々に受け入れられ、心から祝福され、報われるそんな誠の「アスリート・ファースト」を可能にする時代の到来も、決して空夢ではないはずだ。
 それが可能になるかどうかは、ひとえに私たち自身の主体性如何にかかっている。戦後、科学者が戦争加担への深い反省から、自らの社会的責任を問い続けてきたように、これを機に、アスリート自らが広範な国民と共に、最低限、得体の知れない権力の作意には決して乗らないという見識と矜持を、一市民の当然の責務として果たせるかどうかである。それはとどのつまり、広く国民の意識そのものが、根っこから変革されるかどうかの問題になってくる。

 欲望原理一色に染め抜かれた近代資本主義社会。形骸化した偽りの議会制民主主義のもとで、根こそぎ毀損されていく草の根の民主主義。とどまるところを知らない政治の腐敗。政・官・財の根深い癒着。どうしようもない特権的為政者の怠慢、横暴、狡猾の極み。私たちは今、この事態がもはや放置できない限界ギリギリに達していることに気づいている。
 国内的にも国際的にも、権力上層の醜い姑息な駆け引きに委ねられてきた屈辱の時代は終わった。パンデミックと気候変動の脅威に晒され、圧倒的多数の国民が生活のどん底に喘ぎ、未来を見失っている今こそ、近代を根底から問いただし、人間復活の新たな可能性を追求する未来社会論と草の根の国民運動の出現は、必然というべきである。

 根なし草同然となった近代賃金労働者と生産手段(生きるに必要な最小限度の農地・生産用具・家屋など)との再結合によって生まれる、21世紀、抗市場免疫の新たな人間の社会的生存形態「菜園家族」(※1) 。
 森と海を結ぶ“菜園家族じねんネットワーク”(※2) は、冷酷無残なグローバル市場に対峙し、大地に根ざした素朴で精神性豊かな次代の地域世界、つまり、人間復活の自然循環型共生社会(※3) を生み出す必要不可欠の母胎となり、やがて新時代の幕開けを告げる、自然(じねん)の思想(※4) に拠る新たな国民運動起動の一翼を担っていくことになるであろう。

 こうした目標と趣旨から、まずはFacebookページ上での交流からスタートさせたい。
 手始めに先発・先導のじねんネット発信者からの情報やご意見(文章・写真・イラスト・動画など)の掲載から出発し、同時に日本列島各地のみなさんからお寄せいただく季節季節の自然の移ろい、日常普段の暮らしやなりわい、生活への思いなど身近な話題、さらには「地域づくり」や「まちづくり」の取り組み、地域が抱える具体的な課題、あるいは、長年取り残されてきた理論上の諸問題に至るまで、地域住民同士の共感と深い信頼のもとに、自由に情報を交換し合い、ゆくゆくは地域の明日を、そして国や世界の行方をとことん語り合えるような、そんな活力ある交歓の広場(プラツトフォーム)に育っていけばと願っている。
 人々がパンデミックによって分断された今、こうした初歩的ではあるが、本源的で何よりも人間的なふれあいが、そして未来に開かれた生気あふれる確かな活動が渇望されているのではないだろうか。

 「菜園家族」と言えば、一般的には実態概念として受け止められがちであるが、それは同時に、社会科学の新たな方法上の抽象概念でもある。気候変動とパンデミックの時代にあって、真に求められているのは、自然観と社会観の分離を排し、自然界と人間社会を貫く生成・進化の「適応・調整」の普遍的原理(=自己組織化)に則り、人間社会を根源的、包括的に捉え直す21世紀の革新的「地域生態学」(※5) の確立である。まさにその理念と方法の核心を成し、しかも、そのメカニズム全プロセス活性化の鍵となっているのが、社会科学上新たに提起された抽象概念としての「菜園家族」なのだ。
 この点に刮目し、後掲の<基本参考文献>をたたき台に熟考を重ね、数多の読者やフォロワーと共に、理論的にも未来社会のあり方を根源的に探究していければと思っている。

 このプロジェクト“菜園家族じねんネットワーク日本列島”が、多くの方々の主体的参加によって、インターネット上の仮想空間にとどまることなく、やがて全国各地の農山漁村や都市部など現実世界においても一段と力量を発揮し、21世紀、地域コミュニティの創造という新たな地平に向かって、徐々にではあるが着実に進化を遂げていくことを、そして、そのために微力ながらも縁の下の力持ちの役割を果たしていければと願っている。

 世界は変わる
  人が大地に生きる限り

※1 後掲『生命系の未来社会論』の第三章「『菜園家族』社会構想の基礎」で詳述。
※2 詳しくは、同書の第六章1節「地域再生の究極の鍵」、および2節「21世紀における草の根の変革主体の構築」で提起。なお、ここで言う「菜園家族」には、「匠商(しようしよう)家族」(同書の第五章で詳述)も含まれる。
※3 同書の第四章「『菜園家族の世界』―記憶に甦る原風景から未来へ―」、およびエピローグ1節「CFP複合社会から自然循環型共生社会(FP複合社会)を経て高次自然社会へ」で詳述。
※4 同書の第一章3節「今こそ近代の思考の枠組み(パラダイム)を転換する」で詳述。
※5 同書の第二章3節「21世紀の未来社会論、その方法論の革新」で詳述。

<基本参考文献>
『気候変動とパンデミックの時代 生命系の未来社会論―抗市場免疫の「菜園家族」が近代を根底から覆す―』(小貫雅男・伊藤恵子、御茶の水書房、A5判371頁、2021年)

『世界に誇る日本国憲法 究極の具現化 新生「菜園家族」日本―東アジア民衆連帯の要(かなめ)―』(小貫・伊藤、本の泉社、A5判384頁、2019年)

森と海を結ぶ菜園家族―21世紀の未来社会論―』(小貫・伊藤、人文書院、A5判447頁、2004年)

★★Facebookページへの投稿要領★★
 身近な日常のエッセイ、ご活動や地域の紹介、簡単な時評や論考、おすすめ本や論文の紹介などを、下記Facebookページ(2021年10月初旬に一般公開の予定)に直接ご投稿下さい。
 あるいは、下記里山研究庵Nomad宛にE-mailや郵便でお寄せ下さい。
 いずれの場合も、当方で適宜編集し、ご了承の上、当Facebookページに随時、公開させていただきます。
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協力
矢崎 和仁(「菜園家族」の実践者・啓蒙家、兵庫)
出口 尚弘(米作り農家の実践研究、学習会リーダー、神戸)
藤井 満(ジャーナリスト、元 朝日新聞記者、大阪)
江川 義久(石垣市文化協会 会長、地域芸能・文化活動、石垣市・沖縄)
澤 佳成(東京農工大学農学部講師、環境哲学、東京)
柾木 摂(書店員、YAMABU、兵庫)
西田 亮介(西駒とうふ店 店主、滋賀)
日下 智(映像音響システム開発&映像制作ライフ・オン 代表、滋賀)

先発・先導のじねんネット発信者
(各地の方々に広く呼びかけ中)

2021年9月22日

里山研究庵Nomad
主 宰 小貫 雅男
研究員 伊藤 恵子

〒522-0321 滋賀県犬上郡多賀町大君ヶ畑452番地
里山研究庵Nomad
TEL&FAX:0749-47-1920
E-mail:onuki@satoken-nomad.com
里山研究庵Nomadホームページ
https://www.satoken-nomad.com/
菜園家族じねんネットワーク日本列島Facebookページ
https://www.facebook.com/saienkazoku.jinen.network/
(2021年10月初旬に一般公開の予定)

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 新プロジェクト“菜園家族じねんネットワーク日本列島”のスタートにあたり、今だからこそ心に深く刻んでおきたい箴言がある。

未 来

 感情は現在の中に過去を生きようとする。記憶は過去を個別に再現する。ある場合には感情が記憶の背景になり、他の場合にはかえって記憶が感情の後から現われる。
 感覚は現在を現在として生きる。理解は現在あるもの同士、また現在のものと過去のものとを結びつけ整頓する。
 これらはいずれもわれわれを直接未来には結びつけない。まことに人間は未来に対して無力である。
 未来に対する無定形の熱情を有する人は必ずしも乏しくない。この熱情がはっきりした形を取り、理性によって組織立てられるのはけだし稀(まれ)である。さらにもっと少数の人にのみ賦与(ふよ)せられた洞察力と、ごく稀(まれ)に現われる創意とによって、初めて現在の中に未来を見、現在の中から未来が創り出されるのである。
 過去は放っておけば逃げてしまう。人は記憶と感情とによって繋(つな)ぎ止める。
 未来はいやでもやってくる。多くの人は手を束ねてこれを待っている。けだし容易に人をおぼれさす感覚と感情の中には、未来は稀(まれ)にしか含まれていないからである。そして未来に対する熱情には背景となるものを与えることが困難だからである。
 少数の人はしかし未来への設計に絶えず努力する。彼らの情熱を支持するものは「科学」である。科学は何が果して可能であるかを教えてくれる。これこそは未来へ向かって開かれた唯一の窓である。(昭和16年1月)

湯川秀樹『目に見えないもの』
(1946年初版、1976年講談社学術文庫から再出版)より

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YouTube映像作品鑑賞のすすめ
 近代以来の傲慢な暮らしにどっぷり浸り、まつわりついた私たちの生活感覚、思考の垢を洗い流すためにも、一度、モンゴル山岳・砂漠の村の大自然と、そこに生きる遊牧民たちの1年間にわたる素朴な暮らしの姿をじっくり鑑賞してみてはいかがでしょうか。
 ドキュメンタリー映像作品『四季・遊牧 ―ツェルゲルの人々―』(企画・制作:里山研究庵Nomad)のダイジェスト版(前編・後編)をYouTubeに無料公開中です。
 この作品に描かれている大地に生きる民衆の根源的思想は、「菜園家族」社会構想の原点ともいうべきものになっています。
 上掲<基本参考文献>とあわせて、ぜひご覧ください。

【前 編】~秋・冬・早春~(1時間40分)
https://youtu.be/8ckpvZv3blc
【後 編】~春・夏・晩秋~(1時間40分)
https://youtu.be/8WR0TCZd7O0