『菜園家族の思想』へのご感想(久島恒知さん・その2)

 久島恒知さんからいただいた、拙著『菜園家族の思想 ―甦る小国主義日本―』へのご感想(その2)を掲載いたします。

『菜園家族の思想 ―甦る小国主義日本―』を読んで

久島 恒知(映像プロデューサー)

(その2)

 
 「菜園家族」型社会の萌芽という点で、僕が注目しているところがあります。
 それは、神奈川県相模原市の旧藤野町という小さな町で、芸術家や自然志向の人たちが移住して、地元の住民たちとともに「持続可能なまちづくり」を実践しています。農業、林業、再生可能エネルギー、地域通貨などです。

 藤野町では、すでに20年ほど前から、過疎化対策として、空き家へ陶芸や工芸などの芸術家に移住してもらうよう、積極的な働きかけがはじまっていたようです。そして、彼らの工房や芸術村という店舗を作り、生計が成り立つよう配慮もしたそうです。
 一方で、大手メーカーの工場誘致話は一切断っていたようで、これは慧眼です。
 芸術家にとっては住み心地の良い中山間地区でもあり、あちらこちらから移住芸術家(陶芸家・工芸作家・音楽演奏家・画家など)が増えました。彼らは農家の空き家に住むので、中には野菜作りも併せて自分の生活を作っていく人が増えました。

 次に、閉鎖した元小学校を活用してシュタイナー教育に取り組む人たちと、子供がそこに通う家族が、藤野の住人に加わりました。
 そんなこんなで、「藤野は面白いところだ」という評判が出て、都会生活に閉塞感を抱いた30代の若者・夫婦や自然志向型の人などが、移住してくるようになりました。
 畑の斡旋など、熱心なサポートのおかげもあって、彼らの多くは畑を借り、農業と少しだけの現金収入の仕事を併せ持ちました。自然料理店をする人もあらわれました。

 さらに2009年頃にやってきたのは、農など自然に根ざした暮らしをベースに、持続可能な循環型エネルギー社会をめざす人たちでした。
 これは、「トランジション・タウン運動」といって、2006年1月にイギリス南西部の小さな港町トットネスでパーマカルチャーの講師をしていたロブ・ホプキンスが始めた持続可能なまちづくりをめざす市民運動で、世界のさまざまな地域で取り組まれている活動だそうです。

 藤野の凄いところは、こうした移住者が閉鎖的なグループを組むのではなく、地元の農家や林業の古老たちを先生にして、自然志向の生活学習を行うなど、地元の住民に教わる、一緒にやるという、外に(地元に)開かれた活動をしているところです。
 これは、自治体などが主導したものではなくて自然発生的に、勝手連のように発生したようです。教わらなければ、生きていけない訳ですから、当たり前のことです。
 このような中で、当然、地元住民の意識も変わり、福島の子供を春夏の休みにリフレッシュ宿泊させる活動も、地元の方を中心に続けています。

 そして数年前から始めたのは「地元通貨」で、「萬(よろず)」というネーミングです。
 面白いのは、まず自分たちの使う金がどこへ流れていくのかを生活の中で実験調査し、その殆どが外の大企業へ行くことが分かり、次に、地元産業で手に入るもの(野菜や豆腐や、電気器具などの生活品)、そしてサービスを丹念に調べあげて、それらを循環させることで互いの生活が楽になり、現金が少なくて済むことを実験して納得していったようです。
 今は500世帯がこの「よろず」に参加しているとのことです。
 藤野が所属する自治体は相模原市という合併した政令指定都市ですが、今や、そこのいちばん端っこの旧藤野町を行政側が「地域活性化のモデル」として注目する、という不思議な現象すら見られるほどです。

 「菜園家族」構想を考えると、その萌芽は、こういった芸術志向の別の価値観を持った人や、都会生活に窒息した人という、言わば「オルタナティブ」の価値観を持った人たちが自然発生的に都会を離れ、農業を身近に持つ生活に入り、そこへ更に都会生活窒息者が集まってきて、結構楽しい生活を営んでいき、都市での賃金労働生活を徐々に空洞化させていくところから始まるのではないでしょうか。
 藤野町の例で観れば、それが成功事例と映れば人は都会から山間地へでも移住するし、そこそこ食っていける智慧も学習していきます。
 経済的発展だけを主眼にした行政の地域活性化策とは、全く違うベクトルの地域再生が可能である、と思えるようになります。

 実は『菜園家族の思想』を読み進んでいくうちに、未来社会論として学習するより、藤野の町を思い浮かべながら読んでいくと、僕には実にリアリティのある理論として納得出来ました。
 勿論、藤野のようなところで、賃金労働者と小さな生産手段(菜園など)との再結合とか、賃金労働者と農民の人格的融合などという理論的なものは意識されていないでしょう。
 しかし、新たな別の価値観を持とうとするオルタナティブな人や、都会に窒息した人は明らかに増えていくでしょうから、まずは移住し、その過程でよりよき改善改良を自ずと求めるはずで、そのとき本書『菜園家族の思想』が、指針となるバイブルのような役割を果たすことは、充分考えられると思いました。(了)