“シリーズ21世紀の未来社会(全13章)”の要諦再読―その8―

“シリーズ21世紀の未来社会(全13章)”の
要諦再読 ―その8 ―

家族に甦るものづくりの心、ものづくりの技

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要諦再読 ―その8―
“家族に甦るものづくりの心、ものづくりの技”
(PDF:413KB、A4用紙3枚分)

エンドウ豆

 いずれ「菜園家族」は、土地土地の気候・風土にあった、しかもこの家族の仕事の内容や家族構成にふさわしい住環境を整えていくことになるでろう。菜園の仕事や家畜の飼育の場、収穫物の加工場や冬の保存食の貯蔵庫など、また手仕事の民芸や、文化・芸術の創作活動などにもふさわしい工房やアトリエを備えた住空間が、必要になってくる。

 新建材や輸入木材に頼る従来の方式に代わって、身近にある豊かな森林を活用する時代が再びはじまる。近隣の集落や都市の需要に応えて、日本の林業は次第に復活し、枝打ちや間伐や植林など、それに炭焼きの山仕事、さらには薪や木質ペレットやチップづくりもはじまり、森林は、地元の山村はもとより、山のふもとから広がる平野部農村に散在する「菜園家族」や都市住民のための、重要な燃料エネルギー供給源としても復活していくことになるであろう。

 こうして次第に人々が必要に応じて山に入るに従って、針葉樹の杉や檜に代わって、楢やブナやクリなどの落葉樹や、楠や樫や椿の照葉樹なども次第に植林され、日本の森林の生態系は、大きく変化していくことになる。密生した暗い杉や檜などの針葉樹の森に代わって、次第に落葉樹が広がり、太陽の射し込む明るい森林に変容し、昆虫類や木の実を求めるリスなどの小動物も繁殖し、人間の住空間も、やがて山の奥にむかって広がりを見せるようになるであろう。
 このようにして森林の生態系が変容するにつれて、今日、農家が悩まされているイノシシ、サル、シカ、クマなどによる獣害問題も、次第に解消されていくに違いない。

 これまで大都市に集中してきた日本の家族は、「菜園家族」の魅力にひかれて地方へと移動をはじめ、中山間地にも広がり、国土全体に均整のとれた配置を見せながら、平野部から山麓へ、そして谷あいを伝って奥山へと、土地土地になじんだ菜園と住空間を美しいモザイク状に広げていくことになるであろう。

 ところで、昔から職人には、「鋸(のこ)は挽(ひ)き方、鉋(かんな)はつくり方」という言い伝えがある。鋸は挽き方が悪いと、どんなにいいものでも切れないものである。しかし鉋は、重くて硬い樫の木で作られていて、刃をしっかり研(と)いで仕込みをちゃんとしておけば、削れるものだという意味である。
 今ではもう大工道具などは日常の暮らしの中からは、とうに消えてしまった。こうした大工道具の微妙な使い方の違いや、年季の入った“技”などは、はるか昔に忘れられてしまったのである。

 時間と心の余裕を取り戻した「菜園家族」は、ゆとりある暮らしの中から、再び山の木々を暮らしの中に活かす愉しみをとり戻すことであろう。ブナや楢やケヤキの木は、木工芸品の材として、やがてテーブルや椅子や箪笥(たんす)・食器棚や、子供たちの玩具にも使われるようになるであろう。そして、代を重ねて使えば使うほど、落ち着いた重厚な光沢が増し、人間の心をなごませてくれる。今流行の機能的で軽便な家具類などは、使って年月が経つと薄汚くなり、その点では足もとにも及ばない。

 日本伝統の木造の家は、木を主体にして、土と紙を加えてできている。柱は杉がよく使われ、柱と柱の上部に渡して垂木(たるき)を受ける桁(けた)や、上部の重みを支え、柱と柱の間にかける梁(はり)は、曲げに強い松やケヤキや栃やクリなどが使われる。なかでも吸湿性にすぐれた日本の杉は、湿度と温度を日本の気候と風土に合わせて調節してくれる。

 清楚でつつましやかな生き方というものと、杉の飾り気のない材質は、見事に合っていた。夏になって障子が開け放たれ、杉の柱が重なる向こうに、縁側が見え、庭の広がる日本の木造建築独特の美しさは、杉の清楚な素材があって成り立っている。こうした住環境は、やがて「菜園家族」とともに復活してくることであろう。

 また香りもほのかな杉は、食生活の分野でも大活躍である。杉の樽の酒は、お酒の香りを含みのある豊かなものにし、味噌・しょうゆ・漬物の樽としても愛好されてきた。一方、檜は水に強いので、お風呂の浴槽や流し板などにも使われる。檜風呂は新しければ新しいなりに、ほのかな香りとともに爽やかである。逆に年季が入ると、まろやかな肌ざわりは、心を和ませてくれる。檜の風呂は、タイルなどの浴槽とは一味も二味も違うものである。

 ここにあげた例は、ほんの一例にしか過ぎない。日本人は遠い昔から、針葉樹や落葉樹や照葉樹といった実に多様な性質をもった樹木を、その材質を熟知した上で、暮らしの中に生かしてきた。

 こうした日本人の暮らしに最もなじみの深い樹木に、竹がある。
 竹は、昔から籠(かご)にもっとも多く使われてきた。背負子(しょいこ)にはじまり、手さげの籠。また、竹のザルにも、円形や半円形、馬蹄形や正方形などいろいろな形があり、サイズも変化に富んでいる。それに、穀類を入れるもの、野菜や山菜、ウドやソバを扱うものと、その用途用途に応じて、竹の太さまで微妙に違う。「ウツボ」などの漁具もあり、また、魚を入れる大小さまざまな籠などがある。小さいものでは竹の鳥籠、もっと小さくなれば竹の箸や茶筅や茶匙などもある。

 このように竹は、日本人の暮らしの中で幅広い分野を支え、人々に親しまれてきた。現代の私たちの暮らしの中で見られる金属パイプやプラスチックの棒や筒は、かつてはすべて竹でまかなわれ、タオル掛けや箒(ほうき)やハタキの柄、物干し竿や釣り竿など、すべて竹だった。
 光が射し込む窓の障子。木の枝が影絵のように揺らぐ障子の桟(さん)にも、竹が使われている。微妙に曲がった竹を桟に使う感覚は、さすがだ。細く割られた竹の手触りや曲がり具合を、手先で読みとり、見事に編んでゆく竹細工職人。こうしたものを私たち日本人は、なぜ捨ててきたのであろうか。

 日本は海の国であると同時に、森の国でもある。やがて、「菜園家族」が復活したならば、この豊かな資源を、ただ経済的実益の視点からだけではなく、私たちの精神を豊かなものに甦らせるためにも、昔の人々の知恵に学びながら、それを生かしていく時代が再びやってくる。

2023年4月8日
里山研究庵Nomad
小貫雅男・伊藤恵子

「要諦再読 その8」の引用・参考文献
稲本正『森の博物館』小学館、1994年
稲本正 編『森を創る 森と語る』岩波書店、2002年
西口親雄『森林への招待』八坂書房、1996年
山岸清隆『森林環境の経済学』新日本出版社、2001年
江上徹「近代末期の地平から家族と住まいの100年を省みる」『住まいの100年』日本生活学会編、ドメス出版、2002年
増井和夫『アグロフォレストリーの発想』農林統計協会、1995年
柳宗悦『手仕事の日本』岩波文庫、1985年
水尾比呂志 編『柳宗悦 民藝紀行』岩波文庫、1986年

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